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「景色って誰のもの?」


kesiki0018.JPG大黒町から福石中学校校門方向を見下ろしながら坂道を下っていると、海と船が高速道路の上に浮かんで見えるアングルに出会う。ちょっぴりトリッキーで、なかなか佐世保ぽい風景だ。

ここは僕がかつて、登下校していた坂の多い通学路。競輪場は今も同じ位置だが、切り開かれた裏山には駐車場やみなとインターができ、さらに建設中の高速道路が駅方向へと延びた。

佐世保湾を見下ろす高台に暮らしていた人々が見る景観は、このようにここ10年ほどで大きく変わってきている。中でも駅周辺開発で商業施設やマンション、ホテルなどが次々と立ち並んだ三浦町界隈の変化は目覚ましい。

ところが、白南風や山祗、峰坂町など見晴らしのよかった山の手の住宅地では、新しい建物によって佐世保湾の眺めが遮られた家庭もある。長年ベランダや窓から見えていた海辺の景色が変わったのである。
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どこの街でも都市の景観条例などに基づいて開発が行われている。しかし、市民一人一人の窓辺の景色まで、国や行政がデザインしたり管理したりしている訳ではない。「花火の見えんごとなった…」と言う呟きは誰の耳にも届かないまま街はスピーディに変化を続けている。

景色とは、誰のものなんだろう? (皐月)