クリスマスの季節、教会のある風景を求めて
西彼杵半島の西海岸をドライブした

  やっぱり12月はなんだかクリスマスをイメージするなあ。見慣れた西彼杵半島の風景だけど、ここは日本のキリシタン文化を語るときには、注目すべき場所。世界遺産登録の話題もあることだし、教会のある風景を求めて行ったよ。
長崎市に編入された外海の大野にある「大野教会」。平屋建て瓦葺の建物で和風なのだが、よく見ると壁はぜんぶ玄武岩を石灰モルタルで積み上げたもの。屋根の先端には石灰モルタルで十字架が配されている。ドロ神父によって明治26年(1893)に建てられた。

クリスマスの季節、教会のある風景を求めて

西彼杵半島の西海岸をドライブした


 今回の合併で生まれた西海市。およそ市というイメージには遠い田舎の風景が連続している。この一帯は日本のキリシタン文化にとって、メッカのような所。世界遺産登録の候補や、それに関する史跡があちこちにある。
 横瀬浦から旅を始めた。万桟桟橋から十五分ほどで行く横瀬だが、ここはアルメイダによって、ポルトガル船の寄港地となった港町。「日本史」を書いたルイス・フロイスが上陸し、大村純忠は教会を建てた。名残の地がいまは公園になっていている。
 冬が始まり、面高の海岸では、この地方ならではの「ゆで干し大根」づくりが真っ最中。切ってゆでた大根が網棚で干される。雪が積もったように白い。この時期に海から吹いてくる風が、このゆで干し大根づくりには欠かせない。
 202号線を南下して雪浦へ。小さな町だが絵描きやものづくりをする人が住み、自然食品を扱う雑貨店がある。「雪浦ウィーク」の時期には賑わいを見せる。先にライフさせぼで紹介した川添酢屋はここにある。
 天正遺欧使節の一人、中浦ジュリアンが生まれたのもこの西海市。中浦の海を望んだ斜面地に記念公園がある。こんな片田舎から少年は遥かローマを目指したのだ……。
 『大野教会』は、フランス人マルコ・マリ・ド・ロ神父の設計と監理で建てられたもの。地元の玄武岩を石灰モルタルで積み上げた壁(ド・ロ壁)の風景が実にいい。いまは使われていない小さな教会だが、洋風トラスト建築とあいまって実に趣きのある建物で、これも世界遺産の登録候補だ。
 一番の目的は外海の『出津教会』とド・ロ神父の記念館。この辺りの風景は、なんだか不思議な感じがする。それを感じるため、車を降りて、教会までの坂道をそぞろ散歩することを勧めたい。
 『遠藤周作文学館』はいつ行っても、心が落ち着くところだ。文学に対する遠藤周作の真摯な姿勢を感じさせる。そして、家族が彼の文学世界を後世に残す所として、この地を選んだ意味もよく判る。代表作『沈黙』はこの風景の中から生まれたのだ。
 ランチは記念館の脇に出来た『道の駅夕陽が丘そとめ』で。ヴァイキングは地元の味がいっぱいで1200円。
 最後に訪ねたのは『枯松神社』。寂しい雑木林の中は、潜伏キリシタンたちが集まって密かにオラショを唱えた聖地だ。禁教令以後のキリシタン信仰は、日本の自然信仰や仏教と混在して、独自のものに変容した。
 西海岸に沿って国道202号線を下ったドライブは、角力灘に沈む夕陽で終わり。メリークリスマス!


横瀬浦はポルトガル船が寄港した歴史を持つ。その名残は公園になっているに過ぎないが。
面高の海岸には青いネットの棚が並ぶ。ゆで干し大根を冷たい海風に干している。
中浦ジュリアンが生まれた場所。天正少年使節の夢が、彼が指さす角力灘の向こうに広がる。
いまは使われてない「大野教会」だけど、石を積み重ねて作った工法がなぜか懐かしい。
ドロ神父が作った『出津教会』。教会に続く小道を歩くと、信仰の時代が蘇ってくるような……。
海を望んで建つ「遠藤周作文学館」。小説「沈黙」に描いた風景が広がって……。
「道の駅夕陽が丘そとめ」は遠藤周作文学館の隣に。バイキング方式で家庭料理が。
「枯松神社」は潜伏キリシタンたちが集った聖地。神社信仰に変容した、この地方独自のもの。


掲載日:2008年01月19日