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2012年03月02日

「カップヌードルの想い出」

「スターウォーズ」3D版公開に合わせカップ麺のオマケでついてたフタ止め。ヨーダ、ちょっと顔色悪いけど、フォースの力で誕生40年の味がさらに美味しくなるかも…なんて考えていると、3分もあっという間。
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そういえばカップヌードルを初めて食べたのは中3か高1の時だった。お湯を注いで、ワクワクドキドキしながら時計の針を追っていると、側にいたばあちゃんが出来上がりを見て「ほんなこて、こいで食べらるっとね!? もう少し火ば通した方がよかよ」と鍋で再度熱してくれた煮込みヌードルが初賞味だった。

その前後に映画館で「スモーキン・ブギ」で一斉を風靡していたダウンタウン・ブギウギ・バンドの短編ドキュメンタリーを観た。楽屋に山積みされたカップヌードルを宇崎竜童が食べているシーンが記憶に残っている。その食べっぷりもなんだか、つっぱていてワイルド。白いつなぎ、サングラスに負けずカップヌードルのパッケージがすごく斬新でかっこよく、旨そうに見えた。お湯を入れるだけでどこでも楽しめる革命的即席麺は、70代の若者文化も象徴するフードだったんだろうな。

おっと、ヨーダの顔がが今は亡き麺を煮込んでくれた、ばあちゃんと少しダブった。「ばあちゃん!カップヌードルは21世紀になった今も世界のスタンダードばい!」。

2008年09月17日

「あかはた様」


久しぶりに醤(じゃん)キエロと伊藤さんと飲んだ、キエロ氏の呼びかけで設けられた今宵の宴題は『第8回アジア映画祭決起集会』だ。

肴はアカハタのお造り。長崎県では「あかいお」「あかうお」などと呼ばれていそうだ。南方系のお魚だけあって、外見はド派手。煮物や中華の食材に使われることが多いようだが、鮮度のいいものは刺身にすると美味らしい。
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三人が揃うなり、大ぶりのアカハタ様が透明感あふれる薄造り姿で運ばれてきた。
「お〜う。素晴らしい〜」吞兵衛三人衆は、空き地に秘密基地を完成させた『20世紀少年』みたいに瞳を輝かせ感激。美味を頂く前の儀式のごとく、もう一度ジョッキを片手に喉を潤わせてから、割り箸を割る。

「お〜う。旨い」見かけと異なり淡泊で上品な味ではござんせんか。醤油もいいけど、ポン酢も合うんじゃないすっか? 白身の縁に微かに残された皮と、ほどよい歯ごたえもようござんすねぇ。「すいません。キリンクラシックをもう一本」「俺は焼酎。白波ボトルで、氷もね」旨い肴を囲んだ三人衆はまたもやハイピッチ酌法(手酌)で、がぼ、がぼ、うぃっす。がぼ、がぼ、うぃっす。の親父飲み。

「松山ケンイチは日本のジョニー・デップだ」「ダークナイトは素晴らしい〜」「永井豪は天才だ」……。好き勝手に話題を振り回し、平らげたアカハタ様で味噌汁の後づくりを注文。サザエの釜飯でフィナーレを楽しんだ決起集会でありました。 (長月)

2008年05月28日

「呑助日和」

mina1876.JPG発泡酒が一段と旨い季節になった。まだ明るい休日の夕刻、自宅でいつもよりかなり早めの晩酌は、格別な開放感をもたらしてくれる。

さて、今日の肴は何にするかな…。近所の市場スーパーを巡り、あれこれと物色してまわるのも胸が弾む。先日、大宮公設市場の生産者直売所に、みな貝が入荷していた。岩場でみな取りに夢中になった若き日が懐かしくなって西海市産の海の幸を購入した。
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手慣れた漁師さんは身がほどよく頭を出す塩茹でのコツを知っているのだろう。料理屋の突き出しや茹でてあるみなを購入し場合は、爪楊枝で簡単に身を取り出せる。しかし、この日手に入れたのは生のみな貝。自宅で鍋に塩を入れて煮沸していただいた。こういったプロセスも呑助のかけがえのない楽しみである。

磯の香りを漂う美味。小粒ながらも、サザエを贅沢に食べているような喜びと風味が漂う。コツコツと身を取り出す地道な作業もどこかカニに通じ、二百円でプチ幸せ気分も味わえた。

続いてスーパーでパック詰めされたボイル済みのイイダコを購入した。以前、フィッシャーマンにもらった時の味を思い出して無性に食べたくなったのだ。タコ君よ。頭に詰まった米粒状卵の食感が特に良かったよ。だから君たちは「イイたこ」という称号いただいたのだね。海の恵みに感謝しながら、しばらくパックの中に収まったピンク色に染まったイイダコさんたちを感慨深く見つめた。ii1864.JPG

このままいただくのはいまひとつ味気ない。お皿に盛って、付属の酢味噌もいいけど、刺身感覚でポン酢、いやワサビ醤油、いやいやショウガだ、などと口に運ぶまでの準備に思いを巡らせる。これもまた呑助のかけがえのない楽しみである。

料理屋風に盛りつけよう、かと皿にあれこれ配置しているうちに、偶然できたのがイイダコの「小さく前に習い!」配列だ。なかなかイイよ。エイリアンって言うか、人類が長年空想してきた火星人のイメージも表現しているではないか。(皐月)


2008年05月15日

「たけやと表現」


僕が育った天神町に懐かしい駄菓子屋がある。幼い頃に毎日のように通い「ババコヤ」の愛称で親しんだ20世紀少年少女の社交場だ。今も建物はそのまま昔の面影を静かに残し煙草や学校指定の体操服などを取り扱っているようだが、さすがに駄菓子屋としての賑わいは消えたようだ。その脇から細い路地を下っていくと左手の森の中に馬頭神社、さらに下ると住宅地が広がる。
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普通の民家が点々と佇む閑静な住宅の中に旨い和食を楽しませてくれる店がある。ということをつい最近になってイラストレーターのアジサカコウジ氏より聞いた。何でも遠く県外からも噂を聞きつけお客さんがやって来るという隠れた名所だという。

ホームグラウンドであるわが町内にそんな名所があったとは……。しかし、ご近所過ぎてなかなか一見客として暖簾を潜れずにいた。そこで、これまたご近所であるサックス奏者の浦崎健治さん、マリンバ奏者の山ヶ城陽子さんにその話をしたところ、「そうそう、とってもいい店だって知人に聞いたんです」という返事が返ってきた。「今度一緒に行ってみましょうよ」
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が、ついにこのゴールデンウィークの大安の日に実現した。浦崎さん山ヶ城さんのセッティング〜!!で、ハウリン伊達丸と4人揃って銘酒と創作料理の店「たけや」デビューを果たしたのだ。
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清楚でこじんまりした落ち着きある空間にカウンター席が広がる。僕らは奥座敷で会食の席を設けた。民家を利用した店舗ということで、離れもあるそうだ。なんとも風情がありそうで気になる。

しばらく4人でお品書きを見つめていたのだが、お刺身、揚げ物、焼き物……あれこれと食してみたくて決めあぐんでいると、割烹着姿の気さくな女将が登場。まずはエビスビールで乾杯することに。旬のお刺身盛りを頼み、みんなでいろんな物を食べられる献立を見繕ってもらうことにした。

お〜う!! 透き通るシルクに身を包んだような美しき生春巻きが現れた。続いて串焼きの盛り合わせ、鶏の梅肉がこれまた格別な風味を漂わせ酒が進む。レンコン料理もいけます。いけます。来ました。来ました。お刺身も気品豊かな盛りつけで見て食べて二度美味しいじゃありませぬか。
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「こがん旨か店の、こがん近くにあったなんて…おい日本酒にしゅうかね」と浦崎さんもひどくご機嫌だ。しばらくすると一口サイズのチキン南蛮がテーブルの上に。お〜う、上品な野菜が乗っかって一個ずつ串に刺さってる。「山ヶ城さん!!これってマリンバのマレット(ばち)みたいで可愛いでありませんか!」などと冗談を交わしながらみんなでお口へ運び……「旨い」「旨い」をモグモグと連発。「チキン南蛮って言う常識の変わるね」赤ら顔のロックンローラー、伊達丸も絶品コメントを漏らした。

「そろそろ焼酎にしましょうか」と再びお品書きチェック。えっ!? ……1㏄……3円……!? ……1㏄……4円……!? 「ちょっとみな様方、飲み物を1㏄単位で意識して飲んだことありますか?」「……」「…スポイトは持ち歩かんね」なんと焼酎各種量り売りというユニークなシステムなのであります。とりあえず芋で、ということで「山猫」という焼酎を運んでいただいた。この時点でボトルは満杯状態。お会計の際に目方を量って、減っている㏄×4円で計算するそう。「だから、お好きなものをいろいろ飲んでいただいて結構なんですよ」と女将が上品な笑みを浮かべながら教えて下さった。

「またまた、よかですよね〜」と浦崎さん。「焼酎でアゴば食べたかですね」
「頼みましょう。頼みましょう」この夜、膳の上に並んだ料理はどれも、そのネーミングの想像を超えて個性的。素材をいかしながら、ちょっとサプライズな調理法や盛りつけで胸をときめかせ、舌鼓を楽しませてくれた。
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それぞれ表現することにたずさわっている4人の宴席。「演奏家でなくて表現者になりたいなぁ」みたいな話題に花を咲かせ酒を酌み交わした。目の前に並んだ満足料理もまさしく食という調理人の表現だった。人を感動させる表現力は奥深い、だから人生は面白い。「たけや」は僕ら酔っぱらい4人に笑顔をと明日のエキスを与えくれた。たけやだよりを読んだイメージと、口コミ噂通りの名所だった。(五月)

2008年02月19日

「蜜柑」

 大宮公設市場内の生産者直売所「リフレッシュヴィレッジ西海」で、ときどき野菜やかぶ漬け、白菜漬け、ミカンや卵を買います。どれも安くて美味しいからです。特に漬け物は麦酒の肴としてお気に入り。よく愛食します。

 店長のくるみさんが、ときどき「試食してみんね」と、おまけをくれます。それは旬のものです。秋口から出回る極早生の岩崎から早生の原口という二つのブランドに代表される西海ミカンの美味しさは有名です。この冬も西海産を買い求め家族揃ってパクパク頂きました。dekokan029.JPG

 温州みかんが旬を過ぎてくると、店頭にはブンタンやポンカンなど大きめのミカン類が目立つようになります。「食べてみてね」と店長さんがまたおまけをくれました。袋から中身を出してみると、ご覧のようにわざわざマジックで品種まで記してくれていました。なんともお茶目なサインだっとので写真を撮りました。

 僕は芥川龍之介の「蜜柑」という短編が好きです。汽車に乗って奉公先に向かう娘が、踏切沿いに見送りに来ていた弟たちに、手を振り懐に入れていたミカンを放るクライマックスシーンがとても印象的な作品です。
 
 幼い姉弟たちの別れを暖かく演出する鮮やかなオレンジ色。一瞬の出来事ですが、ミカンがストップモーションで姉弟愛をつないでいるような映像美を感じてしまいます。

 ミカンは栄養だけでなく、その色彩でも人を元気にさせたり暖かい気分にしてくれる力を備えてた果物だと思います。「今日のハッピーカラーはミカン色!」いや「イヨカン色!」いやいや「デコポン色!」  (如月)

2007年12月02日

「佐世保ラーメン伝2」

 いきなが、しょうもん、しょうくらべ、こうさんのセッ!!

40歳以上の佐世保出身者、特に男子には懐かしい響きを持つかけ声だと思う。佐世保独楽は今は伝統工芸品としての知られているが、かつては子どもたちの屋外玩具として大活躍したアイテムだ。バットやグローブと同じく、子どもがいる家庭の玄関に無造作に置いてあった人気者である。

 この佐世保独楽はラッキョウ型というボデイに剣を備えた投げゴマで、基本は回転時間を競う。「どのくらい回るか勝負しょうぜ!!」と言う、勝負開始の口上のようなもので、漢字で書くと「息長勝門勝競べ」だと言われている。

 ラスタカラーも思わせる独楽上部の赤、黄、緑、黒の鮮やかなデザインが印象的。ベイブレードはもとより、PSもDSもWiiもない時代、独楽の息を競うだけでなく、剣を相手のボディに投げつけ、傷をつけたり割ってしまうという「喧嘩独楽」というリアルでワイルドかつスリリングな闘いも佐世保独楽の醍醐味だったのである。ramen01JPG.JPG

 この歴史ある独楽のデザインがほどこされた器で食べるラーメンが、この秋登場した。その名はズバリ「佐世保ラーメン」。大阪屋の二代目、新郷社長が考え出した新たなる佐世保ラーメンだ。

 同店では、古くから職人たちがまかない料理として“ラーチャン”という物を食していたらしい。長崎と言えばチャンポンのメッカ。佐世保市のラーメン店では、当然といっていいほどメニューの中にチャンポンがラインナップされている。そこで、大阪屋の職人たちは、ラーメンの麺を使ったチャンポンを作ってその味を密かに楽しんでいたようだ。

 新郷社長は、佐世保は長崎と?岡の中間に位置する場所という大胆な発想で、両市の代表的食文化であるチャンポンとラーメンを融合を目指し、この新メニューの開発に取り組んだ。

 単なるまかない料理から、進化させるべく、試行錯誤を繰り返した。レシピはチャンポンと同じ。麺とスープはラーメンのものを使用。麺と野菜や肉とスープの絡み具合がポイントだったようだ。豚肉は西海市から取り寄せた無菌ポークが一番愛称がよかったということで採用になったと言う。ramen0013.JPG

 チャンポンと同じく野菜など具は盛りだくさん。仕上げに添えられた刻み唐辛子の色合いもよく見た目も食欲をそそる。スープはとんこつベースで「しょうゆ味」と「みそ味」の2種類が用意された。

「はい。お待たせしました」とテーブルに運ばれた佐世保ラーメンはどんぶりのフタをかぶっている。このフタこそ佐世保独楽の絵柄である。「もっと佐世保らしく」という社長のこだわりから、波佐見町の窯元に特注で焼いてもらった手作り陶器。フタを外すと美味しいそうな湯気が立ち上る。器を覗くと白い縁部分には西海国立公園九十九島(くじゅうくしま)の絵柄も描いてある、という佐世保づくしの一品なのである。※せっかくの独楽デザインのフタながら、食べる時は普通裏返されるので、運んでこられた瞬間しか愛でることができない。なんとも贅沢な器でもある。

 チャンポンか? ラーメンか? 九州の味を一度に楽しめる新商品は口コミなどでなかなか好評。個人的にはまず「しょうゆ味」から楽しんでみるのをおすすめしたい。

 

 このように昭和20年代に幕開けした佐世保のラーメン文化は今もまだ進化を続け、現代人の口に合う旨さを追い求めているのである。
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 昔、戸尾町の武駒ビルにあった(開発のため、いーぜるやマザーズなどとともに立ち退きになった)ファンキーなマスターで有名な人気ラーメン店「あごらーめん」もシューズセンター通りに先月から復活。平戸の名産「焼あご」をベースにした、あのヘルシーな味が再び夜の街で楽しめるようになった。


 お栄さん、お富さん、草木ヶ原、喜楽、有紀、丸徳、三河屋、末広、観音横町、まるに、黒髪、きたろう、笑ちゃん、味楽、ばってん、力麺……などなど中心街にもいろんな佐世保ラーメン店が点在している。寒い冬場に暖簾を潜り、お好みの佐世保ラーメンを探してみてはいかがか。〈了〉 (師走)


2007年11月08日

「佐世保ラーメン伝」

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 佐世保のラーメンは、九州ラーメンの源流と言われる久留米や長浜より、ややあっさり薄味のとんこつスープが主流だ。具はチャーシュー、モヤシ、キクラゲ、ネギとオーソドックスで、なかなか旨い。どちらかというと佐世保バーガーよりも身近に親しんできたふるさとの味の一つとも言える。
 
 その起こりは朝鮮動乱の特需景気に沸く昭和27年(1952)にさかのぼる。それまでチャンポン麺しかなかった佐世保に中華麺の製造が広がり、屋台の中華そば店が急増した。「喜楽」「お富さん」「お栄さん」「丸徳」「草木ヶ原」「末広」など今も愛されている老舗ラーメン店の先代たちがほぼ同時期に移動式の屋台営業を始めた年である。
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 だが、それより何ヶ月か早く一台の屋台がすでに佐世保の街に現れていた。大阪の空襲で家を失い父親の実家がある佐賀県に移り、別府に転居。製麺所で麺打ちを覚え、料理人にスープの出し方を習い、中華そば屋を始めた新郷譲次さんの屋台だった。別府市から進駐軍がいなくなり、景気が静まったのを機に特需に賑わう佐世保を目指したと言う。

 当時、市内には中華麺がなく新郷さんは大川製麺所という所に作り方を持ち込んで製造を依頼。やうやく商売をスタートさせたのだが、保健所の職員が困った面持ちで新郷さんを訪ねてきた。闇市を中心とした露店業者へ衛生面などを理由に行政指導が始まり、夜店公園通りにハーモニカ長屋風のバラック造りの建物を整備。その中に業者を収めた矢先に、新郷さんの移動式屋台が現れたのである。毎日、営業中止を求めにやって来る市の職員に新郷さんは「分かりました。私もお役人について回ってもらって、商売するほど面の皮は厚くありませんから…」と言い残し、わずか1ヶ月で屋台を閉じた。この新郷さんが現在の「大阪屋」の創業者だ。

 ところが、皮肉なことにその直後、中華そば、うどん、焼きそば、焼きうどん、おでんなどを売る屋台が続々と登場。全国的に闇市が取り締まられた後に屋台業が自然発生的に広がったと言われる時代、行政側もなす術がなかったのか、後に営業権を与えることになったようだ。最盛期の昭和30年代初頭には、佐世保駅から島瀬公園までの国道沿いに約170軒の屋台が軒を連ねていたと、かつてあるラーメン店の主人に教えてもらったことがある。蝶ネクタイ姿のバーテンがいてハイボールなどを出す、屋台バーも珍しくなかったそうだ。

 ちょうどその頃、福岡の久留米ラーメンや長浜ラーメンが有名になってきていた。札幌ラーメンや東京ラーメンなどご当地ラーメンも全国に知られるようになって「中華そば」から「ラーメン」という呼び名が一般的になる。新郷さんは屋台を辞めた翌年、昭和28年に当時の潮見町にあった「御座候屋」の隣に佐世保初の中華そば専門店を開店させた。屋号は生まれ故郷の大阪に想いをはせ「中華そば大阪屋」と名づけた。新郷さんは、久留米の白濁とんこつスープとは対照的に「澄んだスープこそ命」をテーマに自家製麺を使った正統派の中華そば作りをベースに試行錯誤し、オリジナルの味を追求した。昭和32年に現所在地、下京町の自社ビルに移った。今も湯気の中のシナチクが中華そば時代の名残りを静かに物語っている。
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 佐世保の老舗ラーメン店の多くが独自の味を研究したのは昭和30年初頭の屋台時代だと思われる。個性の強い?岡派の影響も受けつつ、お客さんの口に合う旨いラーメン作りにしのぎをを削った“佐世保ラーメン創成期”だったのだ。しかし、昭和39年、東京オリンピックの開催にともない、全国で美化と衛生面を掲げ、屋台を廃止する運動が高まる。道路交通法が改正され屋台が厳しく取り締まれるようになっていった。営業権も一代限りとなり、佐世保の街からも次第に屋台の灯りが減り、店舗を構えるラーメン店が主になっていった。


 9年前の冬、地球屋の原さんと飲みながら屋台巡りをしたとき市内にはまだ「旭屋」など7軒の屋台が残っていた。おでんや串焼き専門の屋台「黒百合」など居酒屋感覚の個性派屋台も人気だったが、もう姿を消した。現在は市役所ヨコの人気屋台「まるに」と駅前の「みつる」ぐらいしか目にしなくなった。raa1.jpg闇にうっすらと灯る赤い暖簾から上がる湯気と人々の笑い声……見知らぬ者同士がコの字になって酒やおでん、ラーメンを楽しんだ昭和の一コマ。コンビニの灯りよりぬくもりを観じる灯りだったように思える。

 昭和の屋台文化に育まれたルーツを持つ佐世保ラーメンの歴史は約55年。後発のお店や平戸の名産品、焼きあごでダシをとる「あごらーめん」なども加わり、チェーン店の席捲を受けながらも、30軒ほどの地元ラーメン店が、それぞれの味と風味を平成の今も楽しませてくれている。そんな中、先月初めに「大阪屋」の二代目新郷悟さんが先代から引き次いだ味と伝統を守りながら、21世紀に送る新たなる佐世保ラーメンをデビューさせた。 〈つづく〉

※写真は9年前に撮影した佐世保市の屋台風景。   (霜月)    

2007年09月15日

「スープカレーチャンポン」

 
 お待たせしました。 本日のお料理はターボシェフがスティック(腕)を振るいました「スープカレーチャンポンwithザ・ベスト・オブ・サンタナ」でございます。情念のギタリスト、サンタナ様のギターをBGMに、心ゆくまでご堪能くださいませ。という影アナウンスが聞こえてくるような気品高き湯気を上げ、カウンターの上で拙者に食べられるのを待っている。chyanp6.JPG

「よか香りやね。そいにしてもえらい、野菜のたくさん入っとんね」
「うん、季節で代えるばってんね。特にパプリカが相性のよかとさ、見た目ももっとカラフルかよ」
 残念ながら本日は、パプリカの彩りは楽しめないが実に具だくさんだ。
 
 どぎつくないカレースープはほどよいちゃんぽんベースの風味も残している。麺は通常のちやんぽん麺のようだが、スープとの絡み具合が 独特だ。クリーミーな味わいは、ちゃんぽんと言うより、スープパスタをいただいているような感覚でもある。なるほど、これは単にちゃんぽんにカレーを混ぜただけのカレーちゃんぽんではないぞ。と言うより、ちゃんぽんとはまったく別物、オリジナルの味である。

 長崎ちゃんぽんの定番であるキャベツ、タマネギ、もやし、ニンジンはもちろん、アスパラ、カリフラワー、ブロッコリー、コーンな色とりどりの野菜類。小エビやイカなど魚介類に混じり、目を引くのがベーコンである。普通は長崎ちゃんぽんは豚肉が入るが、器の中に豚肉はひとかけらも見当たらない。これら多彩な具類とスープの相性が実によい。麺がなくともひとつのスープ料理としてもいただける感じがする。

 おう!? なんだこりゃ? 器の底に向日葵のタネみたいな物体が潜んで入るぞ? 
「ターボさん、こい何?」
「あぁ〜、カルダモンかね」
 インドのチャイやカレーに使う香辛料だな。そうか、クミンやコリアンダーなどいろんなスパイスがこのクリーミーなスープの大きな隠し味となっているのだ。

「あっ、スープば少し残しとかんばよ。ご飯ばやるけん」
 「えっ、ご飯も付いとると?」
「うん、そのまま食べてもよかけど、最後にスープに混ぜて食べてみてん」
 とターボさんが微笑む。
 うどん、ラーメンの替え玉ならぬ、ちゃんぽんに替え、いやいや追加めし?chyan5.JPG

  麺はなくなったが、まだ点々と具が残っている淡いイエロースープの中に、お皿のライスを入れて、レンゲで軽くかき回す。お〜う、これは酒を飲んだ後にも旨そうな、カレー・スープ雑炊(正確にはスープカレーライスか)のできあがりだ。パスタ感覚の麺のときとはまたひと味違う味わいが口に広がる。2度おいしい、ボリュームたぷりのちやんぽんであった。

 うっ〜満腹、満腹。みんなが噂していた、ちゃんぽん食って一安心。ちなみに女性客も今のところご飯まできちんと平らげたそうだある。これもターボさんのスープ&ミュージック・マジックなのだろうか。 (長月)

2007年09月14日

「カレーちゃんぽん」

 
  佐世保のミュージシャンを中心に口コミでちょとしたブームを呼んでいる、ちゃんぽんがある。ドラーマーのターボさんが営む「音食亭Brownie」のメニュー「スープカレー・チャンポン(これが正式名称)」だ。

 サンディトリップのAYUMIちゃんや松千の千草ちやんも噂をかぎつけ食べたと聞いた。あのハウリン伊達丸までが「…!?エッ!? まだ食べとらんと…・?」などと(O_O) こんな顔しやがったのが、なんだか、非常にしゃくにさわり、急いで食いに行くことにした。
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「ターボさん、みんながワイワイ騒ぎよるカレーちゃんぽんば、オイにもいっちよ作ってくれんかね」
「おい、わかた。ただ今日はパプリカの切れとるけど、よかね?」
 うむっ??……ちゃんぽんに、パプリカ?
「よかよか。とにかくみんなが旨か旨かって言いよるカレーちゃんぽんば作って〜。ここの開店するとば待って昼めしば抜いたもんけんが、腹減ったぁ〜」
「お〜い分かった、ちょい待っとってね〜」
 ターボさんは拙者の前に水とおしぼりを差し出すと、まずデッキのCDをチェンジした。店内にサンタナのジャンゴが高らかと鳴り響く♪〜
「カレーちゃんぽんば作るときはサンタナばかけると?」
「うんにゃ、別に決まっとらんけど、今日はなんとなくサンタナ…」

 ターボさんはカウンターを隔てたオープンキッチンの中でフライパンに火をつけた。天才ギタリスト、カルロス・サンタナが繰り出す情熱的なギターサウンド。ラテンの香り漂う音楽空間で、フライパンを降るターボさんの背中と腕の隙間から、ときおり野菜群が跳ねるのが見える。それはまるでリズムに合わせてジャンプしているよう。
 
 左手にフライパン、右手に菜箸を持つターボさんの後ろ姿はスティックを操るドラマーのようにスイングして見える。なるほど、音の食亭という屋号通り、ここは音楽を一緒に食べさせる店なのであるな〜とサンタナのギターソロに聴き入りながら感心していると、店内に食欲をそそるスパイシーな香りが広がり始めた。

 ブラック・マジック・ウーマン〜♪が鳴り出してしばらくしたころ、
「はい。お待たせ〜」
  カウンターの上についに待望の「スープカレー・チャンポン」がその姿をあらわにした。よし、いよいよ佐世保のミュージシャンたちが騒いでおる異色ちゃんぽんのお味拝見である。いかほどに美味なのか? 拙者“巻太郎左衛門”がとくと味わってゴザソウロウ。  ※次回へつづく! (長月)

2007年08月31日

「大村湾で、ごきげん、あごめし」

 先日久しぶりに列車に乗った。九州旅客鉄道が運行している快速「シーサイドライナー」で佐世保線〜大村線〜長崎本線を経由して長崎市へ向かう片道約1時間半の列車旅行だ。

 発泡酒を詰め込んだ重いクーラーバッグを提げて朝の佐世保駅に立つ。まだ9時なのにもう額から汗がしたたる。おや、コンコース入口付近に朝市風の露店が並んでおる。どれどれ、何か旨い肴はなかろうかと物色。う〜ん、やっはり携帯用、酒の肴のボスはスボだぜ。乗車券より先にまず一袋5個入りのスボを購入。「今日もスボらしい一日になるぜ」
  と心にひとつベタベタなオヤジギャグをたたきつけた。
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 4枚切符を購入後、キオスクでお茶を買ったりしていると、本日の旅の同伴者、ロックミュージシャンのハウリン伊達丸が現れた。今から人々のいろんな旅が始まろうとしている清清しい朝の駅構内でロッカーは、やはり少し浮いたオーラーを放っている。拙者とツーショットになれば、さらに怪しいオヤジ二人組の空気がパワーアップするはずだ。

「伊達丸は朝飯食った?」
「いや、まだよかごたっ」
「そうか夕べはライブやったね。打ち上げ遅かったと?」
「うん2時半頃やったかね」
 と伊達丸が小さな声で呟く。
 ステージ上では肉体が壊れるような叫び声を発し、ギターの弦をぶち切る猛烈なライブパフォーマンスを続けている男=ハウリン伊達丸。そのオフモードは相変わらず気持ちが悪いくらい物静だ。
「ひさしぶりの列車けんね、おいは駅弁ば食いたかっちゃん」

 ……レモンステーキ弁当もいいけど、朝飯だからな……佐世保の駅弁の歴史を育んできた「松僖軒」のサンプルメニュー前に佇み、しばらく悩む。結果、まだ一度も食したことがなかった平戸のなつかしい味「南蛮あごめし」に決めた。

 DSC_0004.JPG昔はこうやって列車に揺られていろんな土地に移動してたな。日々自動車生活を送っている者が、たまにバスや列車に乗るとちょっと手持ちぶさな緩やかな時間の流れを感じる。乗り物の車窓からのんびり風景を眺めるということ自体が、非日常的で新鮮なのである。

 長らく忘れていた列車の旅情は大村線に入りピークに達した。「シーサイドライナー」の名が示すよう湾沿いを走る列車からの眺めは格別である。よし、夏の海を見ながら朝食タイムといたしましょう。膝の上で「あごめし」を開封した。
 
まずはご飯の上に乗ったアゴの一夜干しからいただきま〜す。おう、旨い。発泡酒を飲みたくなるぜ。
「ダメダメお酒は目的地に着いてからよ!」
 と天使の声。
「いいじゃんか飲んじゃえよ!一夜干しと酒の相性は抜群だと知ってるだろうが、今飲まなきゃ後悔すっぞ」
 と悪魔の声。葛藤しながらも朝ご飯だしね〜と「お〜いお茶」のキャップを回した。
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 続いてご飯。お〜っ!! これがアゴだしの炊きこみご飯か。なるほどなかなかの味わいだ。うん? 季節によっておかずやトッピングも若干変わるらしいが、この日の「あごめし」は金糸卵とイクラ風のオレンジ粒のコントラストも鮮やかで食欲をそそる。このぷつぷつがアゴの卵、通称「とびっこ」なんだな。う〜ん旨い旨い。
 
 列車から 海を眺め、味わい豊かな海の幸弁当を楽しめ満足、満足。食後は茶をすすりながら伊達丸と世間話に花を咲かせた。さぁさぁもうすぐ長崎ですぞ。拙者にとっては、かつて伊達丸がプローデュースしていた冷水ロックフェスタ以来の夏フェス体験である。目指すは稲佐山。スカイジャンボリー07に、いざ出陣でござる!      (葉月)

2007年07月26日

「カメの手鉄砲とクロ茶漬け」

 クロの女神こと、看板娘のサトちゃんがいる酒屋で再びクロのお造りを囲んで宴を開いた。

 今回のメンバーは、脱サラしてフリーランス人間としてご商売を再始動されるH・伊達丸と我らが兄貴、ドラマーのターボちゃんという、またまた男三人衆(前回はじゃんキエロとイトさんだった)。

 サトちゃんが、まず祝卓に運んでくれたこの日の突き出しは、ミナ貝とカメの手の塩茹でという酒の席に最高の海の幸。
 
「お〜う。旨そ〜う」と生麦酒で乾杯。爪楊枝で貝の身を、ちよこまかちょこまかほじり、珍味、カメの手の固い部分をねじ曲げ身を取り出す。指先に素晴らしき磯の香りを感じながら、蟹パーティにも似た単純食作業を繰り返し、黙々と美味を堪能。

 すると、伊達丸が身を剥いていたカメの手から、突然シュシュと液体が水鉄砲のように弧を描き、ターボちゃんの目もとにヒット。拙者のカメの手からも汁鉄砲が吹き出し、己の顔面に命中した。
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「わちゃぁ〜!!」「お〜っ、ほほほ〜。おい1伊達丸なんばすっとやぁ〜目に入ったやっか〜」と、大の男が水遊びしている餓鬼のようなはしゃぎ声を発して騒いでおると、「あ〜!! 下に向けて剥かないとダメですよ〜」とカウンターの中からサトちゃんが飛び出してきて手ほどき。拙者のカメの手を慣れた手つきで、ひょいひょいと一皿全部剥き身にしてくれた。

「お〜っ凄い。分かりましたあ」とオヤジ三人サトちやんの早業にうっとり。「クロはもうすぐですからねぇ」という言葉を受け、保母さんにうながされた園児のようにコックリと頷き、積もる話しを交わしながら大人しく酒と肴を楽しんだ。

 今宵も大将が腕を振るったクロが完成。立派なお造りが卓に運ばれた。
 
拙者は瓶麦酒、伊達丸とターボちゃんは六十余州の燗付けで楽しんだ。


 クロの美味なる切り身が残り少なくなり、拙者が箸を出すと、ターボちゃんが慌てて「ダメダメダメ」とイエローカードな声を発した。

「身ば残しといて、茶漬けば作ってもらうとさ。こいがもうめちゃ旨かっちゃけん」と満面に笑みを浮かべながら語った。先人の知恵に逆らうべからず、拙者は素直に箸を引く。

 そうして宴の締めを、クロ鯛の茶漬けと味噌汁が華々しく飾ることになった。

 きざみ海苔の下に隠れたプリンプリンの鯛の身。醤油味で引き締めた茶漬けの味わいは、ターボちやんの言葉と通りに絶品でござった。      (文月)

2007年07月24日

「黒島豆腐」

DSC_0058.JPG うししししし。まだ、一度も食したことがなかった黒島豆腐をついにいただく機会が訪れた。ライターのヤヨ様が島に連絡して、夏場は実施されていない豆腐作り体験を「どうしてもやってみた〜い!」と話しをつけ、島のご婦人たちが引き受けてくれることになった。

 佐世保市黒島町は、マリナーズで大活躍中の城島健司選手の故郷である相浦町「城島記念館」に近い港からフェリーで渡る離島だ。 西海国立公園内の南九十九島に点在する208の島の中で最も大きな島で、明治35年に建造された黒島天主堂が全国的に有名だ。
 
 フランス人のマルマン神父の集大成ともいわれるレンガ造りの3層構造によるロマネスク様式は、その後の教会建築に大きな影響をあたえ、文化的価値が非常に高く、国の重要文化財に指定されている。この教会を見るために全国各地から観光に訪れる人が増えている。

 と言っても商魂たくましい観光地の賑わいはない。手つかずの自然とキリシタン文化の歴史を静かに刻むのどかな風景が一番の財産。相浦港から約12キロの海に浮かぶ西海のロマンを育む美しい島。その中央に天主堂はシンボリックに佇んでいる。

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 豆腐作りをレクチャーしてくださったご婦人によると、黒島豆腐は常食用ではなく、結婚式やお祝い事、お葬式など冠婚葬祭の際に欠かせない、ひとつのおもてなし料理だそうだ。

 にがりの代わりに海水を混ぜ固めるのが大きな特徴。豆乳やおから、寄席どうふをいただきながら、豆腐が固まるのを待つ。やがて低反発枕を思わせるできたての豆腐が湯気を上げ姿を表した。慎重に包丁を入れ12丁が完成した。噂には聞いていたが黒島豆腐は重くて固い。DSC_0012.JPG>

 ご婦人たちはこの豆腐をかまぼこサイズに切って皿に盛ってくれた。自家製のごま醤油をかけていただくのが正統らしい。まずは素で食べてみる。!? なるほど、微かに潮の香りがする。が、口の中には塩辛さではなく、どちらかといえば甘みに近い独特の風味がじんわり広がった。

 ほどよい食感。きざみネギとごま醤油でパクパクパクパク……まるで豆腐をお刺身で食べているような美味しさである。DSCF1443.JPG
 
 我々は、できたての黒島豆腐とおからを大事にたずさえ、フェリー「くろしま」に乗り込み帰路についた。自宅に持ち帰り、かまぼこサイズに薄く切ってみる。おう、ますます固くなってお皿の上にピンと立ちなさる。なんと凛々しいお姿。

 翌日まで拙者は晩酌のお供に豆腐三昧。次はポン酢にしてみましょうか?   滅多に口にできない逸品、黒島豆腐に舌鼓。う〜ん麦酒が一段と旨いぜ。            (文月)
 

2007年05月21日

「すぼ」

 久しぶりに発泡酒の肴に「すぼ」を食べた。ストローを剥くのがいささか面倒臭いのだが、飲衛兵には、ちびりちびりやりながらの嬉しい儀式。たまらなく酒との相性がよろしい練り物の横綱なのである。
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 ストローで巻いた蒲鉾は一般的に「すぼ巻き」の名で親しまれ、佐世保では昔から「すぼ」という通称で呼ばれている。どうしてスボなのか? スボクな疑問を持ちながら、この蒲鉾を食べてる人も多いのではなかろうか?

 佐世保でこの蒲鉾がメジャーになったのは燃料の変化で量産が可能になった大正末期〜昭和初期にかけての頃のようだ。海軍で栄えた時代、この蒲鉾を行商人たちが売り歩いていた。当時の海軍橋(現・佐世保橋)付近に陣取れば、たちまち売り切れる人気商品だったという。

 その多くが平戸市から運ばれてくる「川内かまぼこ」だった。現在平戸の特産品として知られる「川内かまぼこ」が作られ始めたのは明治時代。漁獲量の多いエソという魚を使った加工業が漁師たちの副業として川内浦の漁村に広がった。

 当時、エソはその日のうちに開きにされ、大きなすり鉢を使い家族総出ですり身にされた。そのすり身に藁(ストロー)を巻く作業が「すぼ付」と呼ばれていたのだ(天然の藁を並べて、その上にすり身を置いて、手で転がす作業のこと)。

 藁は乾湿に適していて、蒸し篭に入れる際にスノコの役目も果たすそうだ。保存効果も抜群の優れものだったのだ。佐世保の「すぼ」のルーツと思われる平戸の「川内かまぼこ」の歴史や製造行程は平戸城内の民族資料室にも詳しく展示されている。

 
 ●すぼの語源は? 

 
 髪の毛をすくことを「梳き毛(スキケ)」と言う。古くは千歯、穂抜き機などの農機具を使い稲穂をすいて作る天然ストローで縄や草履、しめ縄などいろんな日用品を作っていた。かつて、すり身を巻くこのストローを「梳き穂(スキホ)」と呼んでいたとも聞く。

 また佐賀県では方言で藁の穂のことを「わらすぼ」と呼んでいる。ワラスボと言うと一般的に有明海に生息するムツゴロウなどの仲間みたいな魚(ウナギみたいに細長く顔がエイリアンみたいなハゼ科の硬骨魚)が有名だ。広辞苑で「わらすぼ」を引くと「藁素坊」という漢字で、この魚の解説が掲載されている。

「梳き穂(スキホ)」が訛って「スボ」になったという説もあるようだが、佐賀弁の「ワラスボ」が縮まり「すぼ」と呼ぶようになったと考えた方が自然なようだ。

 ちなみに、本場平戸では、エソが捕れない時期にはアゴ(トビウオ)、イワシ、アジも材料に使っていた。現在、市場に出回っている多くの「すぼ」もアジやイワシ、アゴなど近海で捕れる青魚が使われているものが目立つ。拙者はイワシとアジとアゴ、キビナが大好物なので、「すぼ」にも愛着が強い。
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 近場では、戸尾市場の本田蒲鉾店でも昔ながらの手づくりすぼがトンネルを利用した工場で作られている。こちらも本物の藁ストローが手に入りにくくなってからはナイロンのストローを使用(写真のようにストローで巻いたすり身を蒸す作業は昔と変わらない)。    (五月)

2007年05月08日

「ROCKフード!」

DSCF1304.JPG  去る4月28日(土)。ライフdeライブの楽屋にご覧の差し入れが届けられた。桜の塩漬けを使った“桜ごはん”のおにぎり。“桜寿司”などとも呼ばれ、結納に使う桜茶などと同じくお祝の席を彩るジャパニーズフードである。

 
 届けてくれたのは、ライブスポット「ガァネット」のYUIママ。佐世保のロックの母的存在であるママが4組のロックバンドが顔を揃える今回のライフdeライブを祝って、こしらえてくれた手づくりだ。
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 THE ROWS、赤崎コンパ大學、ザ・チューチューチュートルズ、嘘つきバービーという個性派出演陣をはじめ、舞台監督のハウリン伊達丸などスタッフもママの心のこもった、おにぎりをパクパクと頬張って、本番に挑んだのである。

 代表して嘘バビの千布君とH・伊達丸のお召し上がりシーンをパチリパチリと連写でござる。 
 
 お二人とも日々、平安の公家様のごとく、このような雅びなジャパニーズ・ソウル・フードをお召し上がりになり、体内でロックンロール・エネルギーに変換させ、あの恐るべき奇異なるステージパフォーマンスを生み出していらっしゃるロッカー、かどうかは定かでない。
 
 ちなみに嘘バビの岩下君は肉食人間らしい。ミュージシャンたちの食生活と表現は、佐世保のロックシーンを探る大きなキーワードにも感ずる、今日この頃でござる。

 
 同じ頃、楽屋内ではママから力をもらったロッカー暦17年のROWS、宮本氏が、なんとチュートルズの中古ちゃんのヘアーメイクを自らかって出た。お〜う、さすが。ご自慢のリーゼントが中古ちゃんに乗り移ったぜ!!

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 それでは、みんな本番ですぞ〜。

 ステージではDJマークのMCがスタートした。


 この日、音楽を愛するママの味をいただいた、ロッカーたちのステージはどれもいきいきしていた。桜寿司、それは、まさしくロックンロールフーズとして活躍したのである。ママ、魂の差し入れ、どうもありがとうございました。    (五月)


2007年04月12日

「クロの女神」

 三人の共通点はとにかくペースが早い。二杯目からはほぼ手酌形式だ。飲兵衛仲間のイトさん、じゃんキエロ、拙者が久しぶりに宴を設けた。今回は前々から一度足を運びたいと目ぼしをつけていた昭和風情みなぎる評判の酒屋「大八」だ。

 
 午後8時の開宴時間に向け、胸を高鳴らせお仕事しておると、ズボンに忍ばす携帯電話が電文到着を知らせブルル、ブルル、ブルル、ブルル、ブルルと5回振動。じゃん氏からの電文を読み手を震わせ呆れた。「私とイトさんはヒマだったので七時から来てます。寒いので熱燗に移ります。早めに来て下さい」と記されている。

 
 ヒマだったので、熱燗に移ります、早めに来てください……何をたわけたことを電文しておるのか。この裏切り者め。よき中年おやじが女子高生みたいな軽い電文打つな! 一時間も差をつけられて飲むほど悔しいことはないのは、お主たちなら重々承知しておるはずじゃ。
  
 
 それになにより今宵の主菜である“クロの造り”はどうなっているのだ。本日一日中、クロ鯛の造りのことばかりを妄想し、ニヤニヤ労働していた拙者の頭はまさに黒一色。それが一瞬にして真っ白じゃ。拙者の幸せな時間を返せ。行列のできる法律事務所に訴えてやる〜。
  
 
 たっぷり山盛りされた大根のツマと大葉のケン。その上で頭と骨だけになった無惨な盛り皿を想像し、即労働中止。拙者は電文を返信する間も惜しみ、慌てふためいて建物を飛び出し、タクシーで酒屋に駆けつけた。


「は〜い!お疲れさま」と座敷きから猪口を片手にニヤニヤしながら手招きするイトさん。靴を脱ぐなり「この裏切り者め等が〜」と詰め寄ると、頬を赤らめたじやん氏が「僕ら何も裏切ってませんよ〜。まだ二品しか注文してませんよ。あ、これとこれはつき出しですからね〜」、おい、先酔いどもよ、何を小さな言い訳をへらへら並べておる。クロは?クロは?クロは?どこへ隠したあ〜。


「いらしゃいませ」おしぼりを持って看板娘さん登場。「…あ、どうも」「お飲み物何にしましょうか?」「…あ、生を」「はい。クロは今造ってますからね!」と明るく立ち去る娘さん。クロは今造ってますからね!…彼女の台詞を胸の中でゆっくり反芻してみた。

 DSCF1293.JPG女神だ。なんという奇跡。クロの女神が現れたのだ。彼女は確かに告げた。クロを今造っていることを。ありがたき幸せ。この無礼な先酔いどもの胃袋の中にはまだ一片のクロも入っていなかったのである。

 
 50分の遅れを取り戻すように自然と麦酒のペースが上がる。おやおや? これは? ありがたき女神のお言葉を授かった拙者は、ようやく平常心を取り戻し、店内の風情に意識が向いてきた。正面に渋いぜ〜。高倉健のラガー麦酒ポスターだ〜。座敷き、靴脱ぎ場にぽつんと置かれたストーブ。その上に金色の鍋。フタの部七ヶ所穴がほげておる。はて? これは? おでん鍋か?

 
 イトさんが「それ、燗つけ器さ。よかやろ、シブかろ」ほほーう、一度に七つのお銚子をつけることができる鍋。これはレトロ。なるほど。思わず熱燗を飲みたくなる訳ですな〜。鍋を電子写真機でパチリ、パチリしておると、女将さんが「あ〜ら恥ずかしか、汚れとるとに」とまるで自分の顔を撮影されているかのように照れながら登場。まもなくやって来ました。憧れのクロちゃんと遂にご対面でござる。

 
 じゃじゃ〜ん。と卓の上に立派なお造りが据えられた。拙者、じゃん氏、イトさん同時に「お〜お〜っ」DSCF1288.JPGと感嘆。「旨そう〜」再び電子写真機でパチリ。写真機の閃光を浴びるクロ鯛。その美しき姿は報道陣に囲まれた歌姫ビョンセや赤靴下の松坂投手にも引けをとらないオーラーを放っていた。

 
 ラガー麦酒から剣菱と六十余酒の二名酒を同時に燗付け。待望のクロをいざ頂きまする。お〜う。皮のこりこり食感と身の絶妙なる味わいに恍惚の舌鼓。ワサビに加え、女将さんが出してくれた自家製、柚子コショウも使って美味をたっぷり堪能。噂通り旨い肴を楽しませてくれる酒屋でござった。


 花見よろしく、黒見なる幸せな春の夜。めでたし。めでたし。(如月)

2007年03月08日

「松千とイカ食べて光のピース」

DSC_0020.JPG 3月21日に初のフルアルバム『光のピース』(12曲入)をリリースする「松千」の二人と、酒屋「ささいずみ」でイカを囲んでレコ初の祝杯を上げました。ヴォーカルの、ちぐりんも私と同様、この酒屋が結構お気に入りだそうで、東京のスタッフ方とやはりイカを囲んで宴を開いたことがあるそうです。

 大瓶ビールをグラスに「まあまあまあ」と、オヤジの集まりっぽく注ぎ合い。「じゃ、『光のピース』にカンパ〜イ!!」と私が音頭をとらせていただきました。

「やっぱいイカっすね!」「旨い!」「きびなごの煮つけも食べましょうか!」「あ〜よかね〜、キビナ、キビナ〜」「えっ!? マツケン、胃腸の調子が悪かと? そんなら湯豆腐を取りましょう!」「そうしましょう」と久しぶりに松と千と食べて、飲んで、喋って、食べて、飲んで、喋りました。

 初めて出逢った時、高校生だった二人も24歳。進学、就職、仕事、人生、都会と田舎……いろんな話題に花が咲かせながら「音楽を通じ日々いろんな人々と接して、二人とも社会を見る目がずいぶん広くなったな〜!!」などと、まるで成人した我が子と初めて酒を酌み交わすみたいな感慨深い思いも湧いてきました。

 一番笑えたのは、新たなる“マツケン伝説”でした。バスの中でお年寄りに席を譲ったそうです。するとそのお年寄りはものすごく喜びながら「ありがとうね。でも、わたし腰が悪くて椅子に座れないのよ。本当にありがとうね。お嬢ちゃん!」とお礼の言葉が返ってきたのです。これまで高校生や中学生に間違われたエビソードはたびたび耳にしましたが、「お嬢ちゃん!」は過去最強だったみたいです。

 一番、真剣に語ったのは佐世保についてでした。なぜ佐世保が好きなんだろう? 「よその町に住んだり、滞在した場合、九十九島が恋しくなって帰郷するってことはあんまり聞かんよね〜」「家族や友達、知ってる人や過去の記憶があるから恋しくなるとやろうね」「だから空や海、山も一番きれいに見えるとかな?」「そうね。単に景色だけだったら佐世保に負けない名所は全国各地にあるもんね〜」「やっぱ人たいね」「やっぱ人たいね」「やっぱい人たいね」

 酒屋で腹一杯食べて飲んで三人とも大満足。二軒目へ「レッツ、ショー!」いや「レッツ、ライト!」いや「レッツ、ハローフレンド!」。ドアを開けると「わ〜久しぶり〜!」と大きな声。「久しぶり」「元気やった!」と嵐の挨拶交換。うた唄いのMayumiちやんが店の中で、いままさに沖縄そばを食うぜ!という体勢の時に私たち三人はアジアンな食堂へ飛び込み、本当に「ハロー・フレンド」状態に突入しました。

 Mayumiちやんを交えて今度は4人でワイワイ、大盛り上がり。故郷とは「やっぱ人」なのであります。「ねえ、マツケンと、ちぐりん、かわいい絵を描けるけん。一回オイの顔ば描いてみてくれん?」とリクエスト。鞄の中から三色ボールペンを渡し、スケッチしてもらいました。matusene.jpg


 ……あれれのれ!? おい、おい、君たち。「松千TOKYOメール」のイラストタッチとずいぶん違うんじゃない? 私はそんなに凄まじい形相なのか? 二人でいじわるをしとるのか? ということで松と千の新たなイラスト世界も開花した楽しい夜。

 
 ソウル、ブルース、ロック……松と千の音楽への情熱とこれまでの足跡がたっぷり詰まったベスト版とも言える初アルバム。松と千とイカとお酒と談笑で私のハートもすっかり、光のピースでした。マツケン!ちぐりん! ありがとさん。また飲もう!   (弥生)

2006年12月20日

「回転焼」

 この類いの焼き菓子は全国的に「今川焼」や「大判焼」の名で親しまれているようだが、佐世保では昔から「回転焼」と呼ばれている。その名の由来は36ヶのくぼみを備えた鉄板焼き器が固定式ではなく、クルクルと回転する仕組みからきている。

 佐世保に登場したのは戦後間もない昭和20年代。まだ物資が乏しい頃、潮見町に開店した「甘党の家・御座候屋」のメインメニューはぜんざいと、この回転焼(夏場はかき氷)だったのだ。しばらくしておなじみの下京町「一休」にもこの回転焼が登場した。DSC_0031.JPG
 
 今のように砂糖やあずきなど甘い物が身近じゃなかっただけに両店とも爆発的な人気を呼んだそうだ。当時はテイクアウトよりも店内で食べるのが主流。値段は一皿60円(1個5円)だった。人々は皿単位で注文して一人で10個以上をぺロッと平らげていたのである。

 映画全盛期、ナイトショーともなると「一休」の前には真夜中まで行列ができていたという。確かに私も祖母にゴジラ映画に連れて行ってもらった時、手提げ袋からおにぎりやら回転焼を取り出していた記憶が残っている。
 
 時には外国人も列に並び「レッドビーンズ!」と注文する光景もある“佐世保の味”は、21世紀になっても健在だ。ちょっとした茶菓子や手みやげにも最適なわが町の名物。特にこの寒い季節は、あの店頭のぬくもりも恋しくなってしまう。一個でいいからあったかい焼きたてを食べたくなり、つい列に並んでしまうのだ。

 そして、佐世保人の多くは「黒あんと白あんどっちが好いとっ?」と知人、友人と一度はプチ論議を交わしたことがあるのではなかろうか(?)。私はちなみに白派である。現在値段は1個63円なり。
(師走)

 

2006年10月17日

「トマト&おにぎり」

syu.jpg 恋するトマト見事に実りました! 大地康雄さんがフィリピンの大地で育てたトマトを食べるクライマックスシーンで満席の会場のあちらこちらから、しくしくとすすり泣きが聞こえてきました。観客の涙は感動のエンディングまでぽろぽろと頬を伝い、エンドロールが終わると、なんと映画祭初? かな? 拍手まで巻き起こりました。

 大地さんの気さくな素顔にふれることができたアフタートークショーも大盛況。真っ赤なトマトと大地さんの映画への情熱で、とってもハッピーな気分になれたひとときでした。
 
 アルカス広場のマーケットで野菜を販売した姉妹都市大分県九重町の生産者の皆さんもこの映画に心を震わせ、大地さんと意気投合。打ち上げも大盛り上がりで話が尽きなかったようです。佐世保で上映された一本の映画を通じ生まれた人々の出会いと親交も、大きな実りだったのです。
 
 平行して今週20日で終映となる『かもめ食堂』を観にシネマボックス7へ、レッツムービ〜。ウワサ通りおにぎりや、シナモンロール食べたくなる腹ぺこムービーでした。ムーミンのふるさとフィンランドの人々って本当にあんなに穏やかな暮らしをしているんでしょうか? 羨ましい限りです。
 
 めし食う間もテレビや携帯、パソコン、雑誌、新聞を手放せない日本人。どうしてこんなに忙しい毎日を送っているのでしようか? 小林聡美の凛としたジャパニーズスピリットはこの大和国でなく、北欧の美しい港町にのんびり調和しているのが不思議と、かっこよかったです。
 
 毎日トップギアで疾走するわれら日本人。心身には骨盤のズレを治すのと同じように、ギアをはずしたニュートラルな時間が必要なんでござんすね〜。井上陽水の『クレージーラブ』を聴きながら心と体の余分な力が抜けて、ニュートラル状態になった拙者は清清しい思いで、映画館を後にしたのでござりんす。
 
 これってニヤロメ効果? ガッチャマン効果? それとも合気道効果? 荻上直子監督の研ぎすませれた五感に脱帽!!
 

 恋するトマトで農家の家族が忙し過ぎて夕飯の支度もできず、コンビニ弁当を食べるシーンがありました。かもめ食堂では、サチエ、ミドリ、マサコが握った出来たておにぎりを囲みフィンランド人と美味しそうに食べるシーンがありました。サチエが言いました「おにぎりって日本のソール・フードでしょう」 そうです。ソール・フードだから、トマトもおにぎりも美味しいのです。 心の栄養補給に、もっと自分たちで作ったものを皆で一緒に食べるようにしましよう。 (神無月) 

2006年10月14日

「カレー食べてナンサでティー」

DSC_0015.JPG アジア映画祭のアジアンマーケットでタイのペーストやハーブ、新鮮野菜で作られた本場タイカレーを食べた。なかなかいい味出てました。お値段は500円なり。

 ランチ終了後、モンゴルで本物の遊牧民一家と2ヶ月の共同生活をしながらドキュメントタッチで撮影された『天空の草原のナンサ』を鑑賞。観る機会の少ないモンゴルが舞台だからか、お客さんもよく入っていた。うわさ通り映像が美し〜い! 幼い3人の子供たちのしぐさや表情が実に可愛かった。
 
 主人公の少女ナンサが一人のおばあちゃんと出会い「黄色い犬の伝説」を聞くシーンで「お米を針の先に刺してごらん」と言われ、針の上にお米をぱらぱらと振りかける場面が印象的。ナンサが無理だよ、と諦めると、おばあちゃんが「生まれて来るって、それくらい難しいことなんだよ」と笑う。仏教をベースにした信仰が生活の中に溶け込んでいる国の人々の素顔を観ながら、人間も自然の一部であることを思い知らされた人と自然の映像叙事詩だった。
 
 DSC_0019.JPGロビーには今年もアジアンティーの無料サービスコーナーがちゃんと設けてあったあ! ローズティーで一服。もうすぐ『恋するトマト』の上映です。いよいよ大地さんがやって来くるぜ。    (神無月)

2006年09月27日

「アジの造りと20世紀少年」

 亜細亜的電影談も今週の「狂った果実」で全8作品の紹介が済んだ。醤キエロ氏とお疲れさんの宴&映画祭へ向けて志気を高めましょうぜ! ってことでお気に入りの酒屋へマッハGO!GO!GO! アジアンネイチャーな晴さんと頭脳警察な糸さん、ロックンローラーのハウリンD氏の5名で「カンパーイ!」の宴を開くことになった。
 
 お〜、落ち着くの〜。昭和テイストあふれるレトロな座敷で座を組むと、聞こえてくる、聞こえてくる、盃を交わす音、腕を運ぶ音、談笑の響き……うむうむ。これぞ酒場のハーモニー。今宵も殿方たちが旨い肴を囲み、堂々と酒をあおり笑顔で至福のひとときを過ごす。まさにオヤパラ(おやじパラダイス)のハーモニーなのだわさあ。エ〜イ最高! 気持E〜!さあ飲もう飲もう。喰らおう喰らおう。

 えっ!? この酒屋の名物、いかの造りが、シケで入荷してない。一瞬落胆。が、直ちに気を取りなおして、アジじゃ、アジのお造りで開宴だあ。拙者はもちろんビンビールじゃけん。キリンでお願いだす。枝豆、もずく、来た来た、本日のメインディッシュのアジでございまする。ピクリと尾がウインクしましたぞ。里芋の煮つけ、天麩羅、ウチワエビも頼みますか? いやいや予算オーバーしちゃいますぞ。じゃキビナでいきましょう。それはいい。そうしましょう煮付けで。あ〜楽しい。
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 ハウリンは今宵はウーロン茶でござるので、腹にたまるのをなにか頼みなさいよ。握りの並、味噌汁付がキエロ氏のオススメだそうですぞ。よしサンマの塩焼きも頼みましょう。おやおや晴さんはもう焼酎でごあすか? 今宵は芋か麦か?どっちの焼酎ショー。なんて具合に喰らって飲んで喋って、喰らって飲んで喋って。「幸せだな、ぼかぁここで大好きなびんビール(大)と旨い肴と談笑相手がいるときが一番幸せなんだ♪」状態。
 
 糸さんのエコー、晴さんのバイオレット、ハウリンの駱駝、拙者の七星特別仕様薄味の紫煙がブレンドされ空を浮遊する小部屋。糸さんがぽつりと「昨日、つま恋見た?」「拓郎も還暦やもんね」オールナイトニッポン、モーリス持てばスーパースターも夢じゃない! チェリオにミリンダ? ヤングオーオー?「おいのばあちゃんなんか、カップヌードルが登場した時さ、腹こわしたらいかんけんって、即席ラーメンみたいに鍋で炊いてくれたもんね〜」
 
 おう。おう。至福の小部屋はいつの間にか20世紀少年の世界に突入したのでございます。親父の社交場。おやおやアジのお造りが味噌汁に変身して運ばれてきましたぞう。こく深き味噌汁をずるずるすすりながら、ナイスな酒屋で秋の夜長にもう一杯乾杯。旨かった。旨かった。ご会計。ご会計。
 
 さてさて、映画祭まであと16日になりましたぞ。キエロ軍曹!(長月)

2006年08月22日

「自問自答」

「お主、わが藩の名産、ハンバーガーは好きか?」

「ハンバーガーでござるか? はて、最後に食したのはいつであったか?」

「なんでも江戸の方までその美味が噂を広げておるそうだが?お主はいかほど食しておるか?三日に一度ほどか?」

「三日に1回!! 冗談を言われるな。納豆もそんなに食さぬのに、どうしてハンバーガーをそのように! 拙者は日本人でござるぞ」

「そう言われてもわが藩の名物でござるぞ。地の者が食わぬ特産品でよろしいのか?」

「そう言うお主こそ、いかほど食されておるのじゃ?」

「ふむ……拙者か、この夏休み食したばかりでござる。娘がハッピーセットの玩具を欲しいというもの
で親子三人で食し、玩具三種ゲットしたでござる!」

「わはははははは。お主、気は確かか? それはマックでござらぬか。お主が話しておったのは佐世保バーガーのことではなかったのか?」

「何を頭の固いことを申しておる。佐世保で売っておるのだから全部佐世保バーガーでカウントしていいではござらぬか!」

「それなら拙者も先月、モスで打ち合わせしたおりに食した」

「左様でござったか。それでは月一回平均ってことでよろしいな」jimon.jpg 
 「待ってくだされ。学生やヤング層はそうかもしれぬが、拙者は月に一度も食しておらぬ、せいぜい年三回、いやニ回ってところではなかろうか」

「誠か、安心した。ここだけの話しだが、実は拙者も娘や家内がせがまぬ限り好んで食しておる訳ではないのでござる。確かに美味なのだろうが、この年になるとどうも肉は苦手になる」

「左様でござったか。ところで佐世保バーガーは最近食されたことはござらぬのか?」

「恥ずかしながら、三年ほど前に食したきりだ」

「安心した。拙者はもう四、五年ほど食しておらぬ」

「だがまずいのう。他の者に知れたらお役御免じゃぞ。くれぐれも殿の耳には入らんようにご用心、ご用心」!」            (文月)