赤ちゃん日記(17)
【ファンタスティック・ハイハイ】
カーペットの上で腹ばいになった菜々子が両手をつき、ゆっくりと顔を持ち上げた。
「ほらお父さん見て見て、ななちゃんがほら」
玲子が興奮した声で修次を呼んだ。
「おっ!ななちゃん!」と修次が傍らに駆け寄る。
「ここからが問題さね」
玲子が菜々子に顔を近づけ真剣なまなざしで見守る。
これがハイハイの始まりだ。
「よ〜し頑張れ〜」
エールをおくる両親に向かい菜々子が「パブウ〜」といくらチャンみたいな声を愛らしく頬笑んでいる。
「見て見てかわいかよね」
菜々子のしぐさに玲子が修次の肩をたたきながら声をはずませる。
……うむ。確かに可愛い可愛くてたまらない。つらいことも一瞬に忘れてしまう至福の瞬間だ。
できればいつも今のような可愛い菜々子でいて欲しい。どうしてぐずったり、夜泣きで困らせたりするのだろう?
いや、自分だってきっと同じように父母をあれこれと悩ませ育ったはずだ。と頭では分かっているのに、泣きやまないわが子にげんなりしてしまう現実がある。
そういうとき、二十四時間子どもと一緒に過ごす母親たちが時に育児ノイローゼーに陥る心境も少しわかる気がする。
♪人生楽あらりゃ 苦もあるさ〜の歌の通り、子育ても山あり谷ありなのだ。
だが、われわれ男衆はこと育児に関して「苦」を避けている傾向も強いのではないだろうか……。可愛いシーンに触れるのもよいが、母親の目に見えない苦労も想像し、理解するという精神的サポートが案外大事なのかもしれない。
「お父さん! なんばボサーってしとると」
「あ、ごめんごめん。そうだっ。ビデオば撮ろうか!」
「そうね。最近撮しとらんもんね」
液晶画面の中に腹ばいになで手足をばたばたさせる菜々子の姿が浮かび上がった。バタフライのような動作がこれまた愛らしい。
「あらら、ななちゃん、反対よ。前に進まんば」
玲子の指令を振り切り、菜々子が突然お尻を振りながらバックを始めた。
まだうまく前進できないが、こんなに小さくても自力でわが身を移動できるようになったのだ……。
赤ちゃんってほんとうにすばらしい。