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パパの赤ちゃん日記(10)

ミッション:お留守番

よし、もうちょっとだ。がんばれ〜なな〜。修次はホットカーペットの上にひざまずいた。


仰向けから自力で横向きになり、脚をぴくりぴくりと蹴り上げる菜々子のかわいいお尻を軽く押してやる。

「ヨイショ」

くの字に曲げた肘を頬の下に敷くようなポーズで、菜々子がうつぶせになった。

「やった。できた!」

修次はもう少しで、寝返りをマスターできそうな菜々子の成長を喜んだ。

「すごいぞ、ななちゃん」

菜々子を抱き上げ、頬ずりをする。まさしく親バカ。わが子が世界で一番かわいいのである。

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修次はそのまま、菜々子を頭上に持ち上げ、「高い!高い!」を大サービス。親心が伝わったか? 菜々子も笑みを浮かべ、フンガ〜、フガフガと声を出して笑っている。

「高い、高い〜」

感きわまったか、フンガ〜、フガフガと喜ぶ娘の口から透明の液体が、たら〜り、たらたらと落下。「たかっ…」と大きく口を開いたまま修次の声が止まり、お見事! 娘の糸引きヨダレが、したたり落ちた。


ウンガムガムガ、ゲッ。修次の喉は訳の分からぬ音を発し、愛する娘のヨダレを受け入れた。

「ななちゃん……」

お〜う、なんという優しさ、寛大さ、包容力。怒りどころか、不潔さも感じない。「口に入れてもまずくないわが子のヨダレ」ということわざがあってもおかしくない。これが「悟りの境地」というものだろうか。


いやいやいや。違う。現実はそんなに甘くない。菜々子のごきげんは、そうそう長く続かないのだ。ウルトラマンのカラータイマー10回分程度が限界かなぁ。


今日は玲子が高校の同窓会に出かけ、菜々子と二人っきりの初お留守番。案の定、父と娘のハッピーなひとときの終わりを告げるかのように、菜々子がぐずり始めた。


テーブルには玲子が準備していった、ほ乳びんと『ルンルンベビー』の缶が置いてある。「8時頃に一回飲ませてね。ひどうぐずったら、少し早めでもよかけんね」と玲子の声が、テープレコーダーから聞こえてくるテレビドラマ『スパイ大作戦』の指令のように脳裏に響いた。


修次はミッキーマウス絵柄の掛け時計に目を移す。
……おいおい、まだ6時35分じゃないか。


渋っ面の修次の腕の中で、菜々子が体を激しく動かし、泣き声を上げた。

修次ピンチ! 

「ミルクを飲ませても状況が変わらない場合、当局はいっさい関知しない。成功を祈る」と、また『スパイ大作戦』風の幻聴。

え〜っ!? まじぃ?

「なお、このテープは自動的に消滅する」……
お〜い、勝手に消滅しないで……。 (後編へつづく)