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2014年05月29日

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「バック・トゥ・ザ・早岐」

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昨日、くまモン来場で盛り上がった早岐茶市「後市」に行った。会場近くの「洋食の店グリーン」という立て看板が目を引いたので昼ご飯を食べることにした。


カウンター席だけの小さな空間だが、厨房や備品など年季の入った佇まいが郷愁を誘う。


ランチを頼み、ご主人とおかみさんと談笑。なんと創業40年、ずっと中町(早岐2丁目)で飲食店を営んできたそうだ。


そんな二人の記憶をひもとくと、伝統の茶市風情も近年になりずいぶん変化してきたことが分かった。


その昔周辺には旅館や木賃宿が点在。茶市に露天を並べる商人や生産者たちが宿をとり、毎夜どんちゃん騒ぎを行うほど景気がよかった時代があったそうだ。


コンビニやスーパーがない時代、人々は新茶や海産物、陶器、金物などさまざまな食材と生活用品を買い置き用としてまとめ買いするために、市に足を運んでいたようだ。


そんな茶市に出かけたお土産として人気を博したのが和菓子の「早岐けーらん」だった。

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当時は商品の運搬も船が主流。期間中は、早岐瀬戸から観潮橋の先まで船舶が停泊。食堂のご夫婦も海の幸、山の幸が海路で早岐に集まってきていた時代をご存じだった。


その光景を収めたモノクロ写真が早岐商工会に保管されている。昭和30年代に撮影されたもので、40年代初頭頃まで船がところ狭しと並んでいたらしい。
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鉄道に加え、定期連絡船が発着していた早岐は交通の要所として発展してきた。陸路と海路でいろんな物資と旅客が集うターミナルタウンだったのだ。


カウンターの端っこにちょこんと腰掛けた常連客らしきおばあさんの口から、早岐駅の前に映画館もありサーカスや見世物小屋もよく来ていた、という話も飛び出した。


交通の便により人、宿、店、娯楽が整っていった町。茶市は、活力に満ちた早岐を象徴する一大イベントだった。


「巨人軍は永久に不滅です」と長嶋茂雄が引退を決意した頃に、早岐に開業した小さな洋食店。ランチ皿に盛られたハンバーグ、魚フライ、ロースハムという豪華なラインナップに、人々のささやかな夢も一緒に乗っかっているような庶民の味がした。green.jpg


ご主人、おかみさん、ごちそうさまでした。


のれんを押して店を出ると、初夏の陽射しが照りつけた。約20分の昼食だったが、タイムトラベルから戻ってきた時差ボケなのか? 早岐の町並みが眩しかった。

2014年05月08日

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テーラー

2014年05月07日

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パパの赤ちゃん日記(8)

【SOS】

もうすぐ生後4ヶ月。現在、菜々子の体重は6750グラム。身長62センチ。首も据わったし、表情もずいぶん豊かになってきた。


「今の赤ちゃん、何ヶ月くらいやろうか?」

修次と玲子はジャスコシティ大塔店(現イオン大塔ショッピングセンター)の売り場で新生児を抱いた若いカップルとすれ違った。親になるとよそ様の赤ちゃんにもすぐ目が向くようになる。


「あらぁ〜、よう肥えなさってかわいかぁ。何ヶ月にならすと?」

見知らぬ婦人が笑みを浮かべて語りかけてきた。

ふたりは笑顔を返し「ハイ、もうすぐ四ヶ月です」と口を揃えて応える。子どもを介してなにげないコミュニケーションも増えた。

「ほんに、よか顔しとらす。じゃ坊やまたネ〜」

婦人は菜々子に顔を近づけ破顔して、人混みへと消えた。

「ボウヤ!?」

一瞬、修次と玲子の表情がこわばった。

「やっぱい、赤っか服ば着せてくればよかったぁ〜」と玲子が悔しがる。


ベビー用品コーナーで衣類を見た後、食料品売り場で晩ご飯の食材を買った。

「じゃ、レジば済ませてくるけん、待っとって」

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修次は菜々子を抱きかかえたまま、レジの外に出た。長時間抱っこしていたせいか腕がしびれ、感覚がなくなってきた。ずっと5キロ入りにの米袋を抱えて歩いているようなもんだもんなーー玲子もたくましくなるはずだ……。


そんなことを考えていると、突然、菜々子がぐずりながら泣きだした。うわっ!! 体重を米袋に例えた罰か? ……ヨシヨシ、と声を出さずに呟きながら、体を揺すってやるが、泣き声は増すばかり。「ヨシヨシ」と声を出してあやしてみたが、一向に効果がない。


周囲の視線を気にしながら一所懸命、泣きやまそうと努力したが、泣きやむ気配はまったくなかった。

……お〜い! 玲子〜、玲子様はまだか〜。SOS!玲子! 早く〜うぅ。
修次は冷静さを装いながらもパニック寸前だ。

「はいはい、どうちた?」

おう、玲子だ、おい、もう少し慌てろ……。

「ワンワン泣かれて、遠くから見たら人さらいのごたっよ」と玲子がからかう。何でもいい早く助けて、タッチ、抱っこタッチだ。

毎日スキンシップしている玲子はいたって平静。


その姿は相棒が超ピンチでリングから必死で手を差しのばしているにも関わらず、コーナーで落ち着き払ってゆくっりと手を伸ばすだけのジャイアント馬場の救援のようにも見えた。

母は日々たくましくなるのダァー。 (つづく)

2014年05月05日

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再会(あのころの楽士)