パパの赤ちゃん日記(7)
【大晦日の爆弾】
紅白歌合戦が始まった。修次は年越しそばを食べながら、リモコンでテレビのボリュームを上げた。
「ななちゃんの起きるけん、あんまいボリューム上げんでね」
「分かっとる」
二人ともひそひそ声で喋っている。
最近、菜々子はベッドに寝かせるとすぐ泣き、抱き上げると泣きやむことが増えた。
空腹なのか? オムツが汚れているのか? どこか具合が悪いのか? と気を病むが、原因は分からない。もしかすると、これが「抱き癖」なのかもしれない。
しかし、抱っこは赤ちゃんの「心の栄養」とも例えられる大事なスキンシップだ。本人が安心するのなら、大いに抱いてやらなければならない。
ところが、抱いたまま根せつけるのは実に骨が折れる。「よし! 眠った」と思って布団に置くや、いきなり瞳がパチリと開き、ウンギャ〜と大声で鳴き始める。
そういう時は、また一からやりなおしになる。テレビゲームのように、プレイヤーの都合で放棄したり、「今日はここまで」とセーブしたりできないのである。
大晦日のこの日も、やっとの思いで寝かせつけたばかり。修次にとっても玲子にとっても、つかの間の戦士の休息だ。
あっ1? 修次が冷蔵庫の扉を開けて缶ビールを取ろうとした瞬間だった。お正月の食材がぎっしり詰まった庫内の手前に置いてあったキリン淡麗500m缶が床に落下した。
しかも二本も。
カキーン、コーンとキッチンに鋭い音がこだまする。
修次と玲子は動作を止め、ストップモーションで顔を見合わせ、息をひそめた。
……ウ……ウン……ウン……ギ……ギャ〜。ウンギャ〜ウンギャ〜。
玲子がベッドに走る。トントントン、と菜々子のお腹をやさしく叩いてあやしているが、時はすでに遅し。菜々子は顔を真っ赤にし、泣き声はさらにボリュームアップ。
なんたる不覚。寝た子を起こす爆弾に火をつけたのは自分だ。
「も〜う! なんしよるとぉ!」
口を尖らせ抗議する玲子に向かって修次は、
「こがんいっぱい冷蔵庫に物ば入れとっけんさ!」と交戦モードで立ち向かう。
そんな二人の言い争いも、紅白歌合戦のスマップの歌声もかき消してしまう勢いで、菜々子の泣き声は激しさを増す。
ウンギャ〜、ウンギャ〜。浦福家の一年をしめくくるかのように菜々子の泣き声は高らかと響き続けた。 (つづく)
※2000年1月掲載