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パパの赤ちゃん日記(6)

【天使の残り香】


夫婦の間でこれまであまり使っていなかった言葉がひんぱんに飛び交うようになった。それは「うんこ」と「おしっこ」だ。


居間で玲子が菜々子のオムツをはずし、手に持った綿棒の先端にベビーオイルを塗っている。

「なんしよっと?」
修次が尋ねる。

「うんこのもう三日も出らっさんとさ……」
玲子は菜々子の足首を持ち上げ、尻を浮かし、片手に綿棒を持ったまま不安そうに呟いた。

「そいって浣腸?」
「そうよ。お尻に入れたり、くすぐってやったら、出やすうなると」

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女性は母親になると本当にたくましく見える。あやし方はもちろん、ミルクを与えるのも、オムツを交換するのも実に手際がよい。理屈で覚えるのではなく、毎日の実技の繰りかえしで習得しているリアリティを感じてしまう。


夜と休日しか接する時間がない修次は「カワイイ」という感情は湧くものの実技は苦手だ。実際に何をやっても玲子のようにうまくできない。


『子育てしない男は父親失格』みたいなコピーが流行ったが、はたして積極的に風呂に入れたり、オムツを替えたりするだけが、男の子育てだろうか?

確かに修次も入浴の手伝いは慣れてきた。が、それとは別に何か目に見えない大きな役割がある気がする。

例えば育児の不安や心配事を聞いいてあげるだけでもいい。母と子をセットで見守り、精神的に支える思いやり大切だと意識するようになってきた。


「ななちゃ〜ん、うんこ出ろ出ろ〜」
玲子が菜々子の腹部に大きく「の」の字を描きながらやさしくさすっていりながら、綿棒を肛門に入れた。

「わ!! 出てきよる!」
玲子が歓喜の声を上げ、菜々子の臀部に敷いていたオムツを素速くかぶせた。


う〜ん、うつろなまなざしで玲子が声を出すし、菜々子の用便にエールを送っている。赤ちゃんも大人と同じく用をたすときには立派に気張るのである。


「硬かごたっね。ガンバレ〜ななちゃん」
「……なな、ガンバレ〜」
修次も一緒になってエールを送る。


玲子がオムツをめくり、排便の具合を確認すると、ほんのりと便の臭気が漂った。乳幼児の場合、臭いはさほどきつくないのだが、さすがに修次も最初は抵抗があった。それが近頃はほとんど気にならなくなってきたから不思議だ。


新しいオムツに着替え、朗らかに頬笑む菜々子を覗きながら、玲子と修次は目を細める。

大便の残り香も、天使の香りに感じる幸せなる一瞬なのだ。


2000年1月掲載