パパの赤ちゃん日記(5)
【日晴れ】
修次は本棚から広辞苑を取りだしてページをめくっていた。
みーみーみーみー【宮参り】。
――神社に参詣すること。子どもが生まれて初めて産土(うぶすな)の神に参詣すること。
うぶすな……?
うーうーうーうー【産土】。
――人の生まれた土地。生地。なるほど、生まれた土地の守り神にお参りに行くこと。
「おい! うちの守り神ってどこや?」
「知らん。昔から行きよる神社じゃなかと?」
男子だったら31日目、女子なら33日目に宮参りに行く習わしが残っているが、サラリーマンの場合は休日を利用するのが賢明だ。
12月5日・日曜日・先勝。修次と玲子の両親をはじめ、兄弟や近い親類が神社の境内に集まった。
主役の菜々子にとっては、初めての本格的外出だ。赤い祝い着をはおり、よく眠っている。古い習慣では修次の母親が赤ちゃんを抱き、玲子がその後ろに従うのが正式な宮参りスタイルらい。
祈願料を支払い、順番を待つ間、大人たちは代わる代わる菜々子を抱き、記念撮影を行った。
待合室に順番を知らせるアナウンスが鳴る。浦福家関係者のほかに、厄入りの女性と交通安全祈願を行う男性の計3組が拝殿へと向かった。
最前列に修次と菜々子を抱いた玲子が座り、親族がその背後に一塊となって着座した。
神楽太鼓の音に、菜々子がピクっと反応し小さな瞳を開いたが、祈願中に泣くことはなかった。巫女さんが頭上で鈴を振る間も、きょとんとした表情でおとなしくしていた。
お神酒を飲み、境内へ出ると、大人たちはみんな口々に「ななちゃんは、おりこうねぇ」と言葉を交わし、再び代わる代わる菜々子を抱き、カメラの前でおだやかな笑みを浮かべている。
「じゃ、みなさんお昼を用意していますので、ホテル・サセボーンにある『味照』というお店に集まっていただけますか」
修次夫婦にとって「日晴れ」という行事は生まれて初めての体験。両親や知人のアドバイスによると、参拝後にちょっとした会食の場を設け、親類縁者で内祝いを開くのが一般的だということだった。ちなみに出産祝いをいただいた方々へのお返しも宮参り前後のタイミングが常識らしい。
菜々子の名前が朝刊の、お誕生欄に載った次の日から、自宅に通販会社からギフト商品の分厚いカタログが続々と届くようになった。修次も玲子もカタログの山に驚き、迅速な商魂に感心した。子ども誕生を機に実にいろんな社会勉強をさせられるものである。
まあ、形式はともかく、菜々子が健やかに育つように願いを込めてお祝いしなくっちゃ。
修次は縄を大きく揺すり、鈴の音が高らかと鳴り響く境内で改めて柏手を打った。(つづく)
※99年12月掲載