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パパの赤ちゃん日記(4)

【父も学習中でちゅう】


玲子と菜々子が実家から戻り、ついに家族三人の新生活が始まった。

約一ヶ月の間、菜々子は「泣く」「眠る」というパターンを繰り返すだけで、いつもまどろんだような顔つきだった。テレビCMで見るような表情豊かな赤ちゃんになるには、もうしばらくかかるらしい。


修次が冷蔵庫から缶ビールを取り出すと玲子が、
「ねぇ、お風呂、今日はあなたがいれてみん!」
「エッ!? おいが?」
「そうよ。首もまだ据わっとらんし、男の方が手のひらも大きかけん入れやすかとって」
「ほんとや?」
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浴槽からベビーバスにお湯を汲み、温度計で適温を測る。湯船につけ体を洗ってやる……修次も二度ほど手伝ったが、結構大変な作業だった。

玲子から簡単なレクチャーを受けた後、修次にタオルをかけた裸の菜々子が手渡された。

左手のひらを菜々子の首から後頭部に当て、親指と小指で耳たぶをやさしく包む。誤ってお湯が耳に入らないように防御するためだ。
「ここでよかとかね?」
「そうそう、最初は顔よ。ガーゼば湿らせて軽く拭いてやって」


左手で頭を支え、ガーゼを添えた右手で腰から尻のあたりを持ち、ゆっくり慎重に湯につけてゆく。菜々子はビクッとしたように目をつむり、小さな手のひらで側にあったタオルの端を力強く握りしめた。


湯の中では頭部を水面から出し、左手で全体を支え、右手で体を洗う。
「その調子!その調子!」

傍らかで玲子がエールを送るが、手が次第にだるくなってきた。しゃがんだままの低姿勢もつらい。と、その時、気持ちよさそうに湯につかっていた菜々子が突然泣き出した。修次の左手にも思わず力が入る。


「ハ〜イ! ななちゃんお風呂でちゅよ〜。気持ちいいでちゅね〜」
 
どこで覚えたのか? 玲子の口から幼児言葉が飛び出す。修次はバスルームに響く激しい泣き声に気をとられながら、娘の体をなんとか洗い終えた。


「はい、あとはかかり湯よ。少し持ち上げて」

玲子は菜々子の体を素早くバスタオルで包み込む。役目を終えた修次は、「なな〜、終わりまちたよ〜」と呟いた。

親は子どもの誕生と同時に幼児言葉も学習しているのである。(つづく)

99年11月掲載