« パパの赤ちゃん日記(2) | メイン | 30 »

a007920

パパの赤ちゃん日記(3)

【甘い香り】


出産費の支払いも済み、いよいよ退院。看護師さんが駐車場まで見送りに出てきてくれた。
「じゃ、次は一週間健診に来て下さいね。バイバイ! ななちゃん!」
 菜々子を抱いた玲子が後部シートに乗り込んだ。
「どうもありがとうございました」
 修次と玲子はウインドーを下げお辞儀をして産婦人科を後にした。


「よう眠とんね」
「さっき、ミルクば少し飲ませらしたとよ。あ、スピード出さんでゆっくり運転して」
「…うん、分かっとる」


チャイルドシートの義務化が決まったが、新生児の場合はベビーシートが必要だ。が、修次はまだ準備していなかった。
「朝刊の誕生の欄、コピーしとったばい」
「活字で見たら、菜々子ってよかよね」
「次はほら、ライフさせぼに写真ば載せんばっちゃなか」
「あ…わが家のアイドルね。まだ早かっちゃないと。もうちょっと顔のハッキリしてからがよかさ」と玲子が笑う。
nitsuki3.jpg

「おい!そがんピッタリくっつくなさ。赤ちゃんの乗っととばい!」
 修次はスピードを上げ接近してくる後続車をルームミラーで睨んだ。

そうか。今まで何げなく見ていた『赤ちゃんがのっています』『お先にどうぞ』というステッカーを貼ったドライバーたちの心境が初めて分かった。
 

菜々子が、か細い泣き声ををあげた。次第に激しくなり、ウンギャ〜と甲高い泣き声に変わっる。赤ちゃんは泣くものと頭では分かっているものの、修次も玲子も泣き続けるわが子に不安な表情になった。


修次は車をゆっくりと路側帯に寄せて、ハザードランプを点滅させた。玲子が素早くお乳を出すと、菜々子は目をつぶったまま吸いついた。
「あんまり出らんけど、少し落ちつかんやろうか」
「……」
 

病室で初めて菜々子を抱いたとき感じた甘い匂いが車内に漂う。なんともいえない不思議な香り…これが赤ちゃんの匂いだ。

まるで母親と一体化したように胸元で泣きやんでゆく小さな命を見つめながら、修次はようやく家族が一人増えたことを実感した。 (つづく)


99年11月掲載