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2014年04月26日

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パパの赤ちゃん日記(7)

【大晦日の爆弾】

紅白歌合戦が始まった。修次は年越しそばを食べながら、リモコンでテレビのボリュームを上げた。

「ななちゃんの起きるけん、あんまいボリューム上げんでね」
「分かっとる」
 
二人ともひそひそ声で喋っている。


最近、菜々子はベッドに寝かせるとすぐ泣き、抱き上げると泣きやむことが増えた。

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空腹なのか? オムツが汚れているのか? どこか具合が悪いのか? と気を病むが、原因は分からない。もしかすると、これが「抱き癖」なのかもしれない。


しかし、抱っこは赤ちゃんの「心の栄養」とも例えられる大事なスキンシップだ。本人が安心するのなら、大いに抱いてやらなければならない。

ところが、抱いたまま根せつけるのは実に骨が折れる。「よし! 眠った」と思って布団に置くや、いきなり瞳がパチリと開き、ウンギャ〜と大声で鳴き始める。

そういう時は、また一からやりなおしになる。テレビゲームのように、プレイヤーの都合で放棄したり、「今日はここまで」とセーブしたりできないのである。


大晦日のこの日も、やっとの思いで寝かせつけたばかり。修次にとっても玲子にとっても、つかの間の戦士の休息だ。


あっ1? 修次が冷蔵庫の扉を開けて缶ビールを取ろうとした瞬間だった。お正月の食材がぎっしり詰まった庫内の手前に置いてあったキリン淡麗500m缶が床に落下した。

しかも二本も。

カキーン、コーンとキッチンに鋭い音がこだまする。

修次と玲子は動作を止め、ストップモーションで顔を見合わせ、息をひそめた。


……ウ……ウン……ウン……ギ……ギャ〜。ウンギャ〜ウンギャ〜。

玲子がベッドに走る。トントントン、と菜々子のお腹をやさしく叩いてあやしているが、時はすでに遅し。菜々子は顔を真っ赤にし、泣き声はさらにボリュームアップ。


なんたる不覚。寝た子を起こす爆弾に火をつけたのは自分だ。

「も〜う! なんしよるとぉ!」
口を尖らせ抗議する玲子に向かって修次は、
「こがんいっぱい冷蔵庫に物ば入れとっけんさ!」と交戦モードで立ち向かう。


そんな二人の言い争いも、紅白歌合戦のスマップの歌声もかき消してしまう勢いで、菜々子の泣き声は激しさを増す。

ウンギャ〜、ウンギャ〜。浦福家の一年をしめくくるかのように菜々子の泣き声は高らかと響き続けた。 (つづく)


※2000年1月掲載

2014年04月23日

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パパの赤ちゃん日記(6)

【天使の残り香】


夫婦の間でこれまであまり使っていなかった言葉がひんぱんに飛び交うようになった。それは「うんこ」と「おしっこ」だ。


居間で玲子が菜々子のオムツをはずし、手に持った綿棒の先端にベビーオイルを塗っている。

「なんしよっと?」
修次が尋ねる。

「うんこのもう三日も出らっさんとさ……」
玲子は菜々子の足首を持ち上げ、尻を浮かし、片手に綿棒を持ったまま不安そうに呟いた。

「そいって浣腸?」
「そうよ。お尻に入れたり、くすぐってやったら、出やすうなると」

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女性は母親になると本当にたくましく見える。あやし方はもちろん、ミルクを与えるのも、オムツを交換するのも実に手際がよい。理屈で覚えるのではなく、毎日の実技の繰りかえしで習得しているリアリティを感じてしまう。


夜と休日しか接する時間がない修次は「カワイイ」という感情は湧くものの実技は苦手だ。実際に何をやっても玲子のようにうまくできない。


『子育てしない男は父親失格』みたいなコピーが流行ったが、はたして積極的に風呂に入れたり、オムツを替えたりするだけが、男の子育てだろうか?

確かに修次も入浴の手伝いは慣れてきた。が、それとは別に何か目に見えない大きな役割がある気がする。

例えば育児の不安や心配事を聞いいてあげるだけでもいい。母と子をセットで見守り、精神的に支える思いやり大切だと意識するようになってきた。


「ななちゃ〜ん、うんこ出ろ出ろ〜」
玲子が菜々子の腹部に大きく「の」の字を描きながらやさしくさすっていりながら、綿棒を肛門に入れた。

「わ!! 出てきよる!」
玲子が歓喜の声を上げ、菜々子の臀部に敷いていたオムツを素速くかぶせた。


う〜ん、うつろなまなざしで玲子が声を出すし、菜々子の用便にエールを送っている。赤ちゃんも大人と同じく用をたすときには立派に気張るのである。


「硬かごたっね。ガンバレ〜ななちゃん」
「……なな、ガンバレ〜」
修次も一緒になってエールを送る。


玲子がオムツをめくり、排便の具合を確認すると、ほんのりと便の臭気が漂った。乳幼児の場合、臭いはさほどきつくないのだが、さすがに修次も最初は抵抗があった。それが近頃はほとんど気にならなくなってきたから不思議だ。


新しいオムツに着替え、朗らかに頬笑む菜々子を覗きながら、玲子と修次は目を細める。

大便の残り香も、天使の香りに感じる幸せなる一瞬なのだ。


2000年1月掲載

2014年04月22日

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SASEBO style

2014年04月18日

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パパの赤ちゃん日記(5)

【日晴れ】


修次は本棚から広辞苑を取りだしてページをめくっていた。


みーみーみーみー【宮参り】。
――神社に参詣すること。子どもが生まれて初めて産土(うぶすな)の神に参詣すること。


うぶすな……? 
うーうーうーうー【産土】。
――人の生まれた土地。生地。なるほど、生まれた土地の守り神にお参りに行くこと。


「おい! うちの守り神ってどこや?」
「知らん。昔から行きよる神社じゃなかと?」


男子だったら31日目、女子なら33日目に宮参りに行く習わしが残っているが、サラリーマンの場合は休日を利用するのが賢明だ。


12月5日・日曜日・先勝。修次と玲子の両親をはじめ、兄弟や近い親類が神社の境内に集まった。


主役の菜々子にとっては、初めての本格的外出だ。赤い祝い着をはおり、よく眠っている。古い習慣では修次の母親が赤ちゃんを抱き、玲子がその後ろに従うのが正式な宮参りスタイルらい。

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祈願料を支払い、順番を待つ間、大人たちは代わる代わる菜々子を抱き、記念撮影を行った。


待合室に順番を知らせるアナウンスが鳴る。浦福家関係者のほかに、厄入りの女性と交通安全祈願を行う男性の計3組が拝殿へと向かった。


最前列に修次と菜々子を抱いた玲子が座り、親族がその背後に一塊となって着座した。


神楽太鼓の音に、菜々子がピクっと反応し小さな瞳を開いたが、祈願中に泣くことはなかった。巫女さんが頭上で鈴を振る間も、きょとんとした表情でおとなしくしていた。


お神酒を飲み、境内へ出ると、大人たちはみんな口々に「ななちゃんは、おりこうねぇ」と言葉を交わし、再び代わる代わる菜々子を抱き、カメラの前でおだやかな笑みを浮かべている。


「じゃ、みなさんお昼を用意していますので、ホテル・サセボーンにある『味照』というお店に集まっていただけますか」


修次夫婦にとって「日晴れ」という行事は生まれて初めての体験。両親や知人のアドバイスによると、参拝後にちょっとした会食の場を設け、親類縁者で内祝いを開くのが一般的だということだった。ちなみに出産祝いをいただいた方々へのお返しも宮参り前後のタイミングが常識らしい。


菜々子の名前が朝刊の、お誕生欄に載った次の日から、自宅に通販会社からギフト商品の分厚いカタログが続々と届くようになった。修次も玲子もカタログの山に驚き、迅速な商魂に感心した。子ども誕生を機に実にいろんな社会勉強をさせられるものである。


まあ、形式はともかく、菜々子が健やかに育つように願いを込めてお祝いしなくっちゃ。


修次は縄を大きく揺すり、鈴の音が高らかと鳴り響く境内で改めて柏手を打った。(つづく)


99年12月掲載

2014年04月17日

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え〜い!!デビューの季節だぜ!

2014年04月15日

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パパの赤ちゃん日記(4)

【父も学習中でちゅう】


玲子と菜々子が実家から戻り、ついに家族三人の新生活が始まった。

約一ヶ月の間、菜々子は「泣く」「眠る」というパターンを繰り返すだけで、いつもまどろんだような顔つきだった。テレビCMで見るような表情豊かな赤ちゃんになるには、もうしばらくかかるらしい。


修次が冷蔵庫から缶ビールを取り出すと玲子が、
「ねぇ、お風呂、今日はあなたがいれてみん!」
「エッ!? おいが?」
「そうよ。首もまだ据わっとらんし、男の方が手のひらも大きかけん入れやすかとって」
「ほんとや?」
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浴槽からベビーバスにお湯を汲み、温度計で適温を測る。湯船につけ体を洗ってやる……修次も二度ほど手伝ったが、結構大変な作業だった。

玲子から簡単なレクチャーを受けた後、修次にタオルをかけた裸の菜々子が手渡された。

左手のひらを菜々子の首から後頭部に当て、親指と小指で耳たぶをやさしく包む。誤ってお湯が耳に入らないように防御するためだ。
「ここでよかとかね?」
「そうそう、最初は顔よ。ガーゼば湿らせて軽く拭いてやって」


左手で頭を支え、ガーゼを添えた右手で腰から尻のあたりを持ち、ゆっくり慎重に湯につけてゆく。菜々子はビクッとしたように目をつむり、小さな手のひらで側にあったタオルの端を力強く握りしめた。


湯の中では頭部を水面から出し、左手で全体を支え、右手で体を洗う。
「その調子!その調子!」

傍らかで玲子がエールを送るが、手が次第にだるくなってきた。しゃがんだままの低姿勢もつらい。と、その時、気持ちよさそうに湯につかっていた菜々子が突然泣き出した。修次の左手にも思わず力が入る。


「ハ〜イ! ななちゃんお風呂でちゅよ〜。気持ちいいでちゅね〜」
 
どこで覚えたのか? 玲子の口から幼児言葉が飛び出す。修次はバスルームに響く激しい泣き声に気をとられながら、娘の体をなんとか洗い終えた。


「はい、あとはかかり湯よ。少し持ち上げて」

玲子は菜々子の体を素早くバスタオルで包み込む。役目を終えた修次は、「なな〜、終わりまちたよ〜」と呟いた。

親は子どもの誕生と同時に幼児言葉も学習しているのである。(つづく)

99年11月掲載

2014年04月12日

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観桜2014


2014年04月11日

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パパの赤ちゃん日記(3)

【甘い香り】


出産費の支払いも済み、いよいよ退院。看護師さんが駐車場まで見送りに出てきてくれた。
「じゃ、次は一週間健診に来て下さいね。バイバイ! ななちゃん!」
 菜々子を抱いた玲子が後部シートに乗り込んだ。
「どうもありがとうございました」
 修次と玲子はウインドーを下げお辞儀をして産婦人科を後にした。


「よう眠とんね」
「さっき、ミルクば少し飲ませらしたとよ。あ、スピード出さんでゆっくり運転して」
「…うん、分かっとる」


チャイルドシートの義務化が決まったが、新生児の場合はベビーシートが必要だ。が、修次はまだ準備していなかった。
「朝刊の誕生の欄、コピーしとったばい」
「活字で見たら、菜々子ってよかよね」
「次はほら、ライフさせぼに写真ば載せんばっちゃなか」
「あ…わが家のアイドルね。まだ早かっちゃないと。もうちょっと顔のハッキリしてからがよかさ」と玲子が笑う。
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「おい!そがんピッタリくっつくなさ。赤ちゃんの乗っととばい!」
 修次はスピードを上げ接近してくる後続車をルームミラーで睨んだ。

そうか。今まで何げなく見ていた『赤ちゃんがのっています』『お先にどうぞ』というステッカーを貼ったドライバーたちの心境が初めて分かった。
 

菜々子が、か細い泣き声ををあげた。次第に激しくなり、ウンギャ〜と甲高い泣き声に変わっる。赤ちゃんは泣くものと頭では分かっているものの、修次も玲子も泣き続けるわが子に不安な表情になった。


修次は車をゆっくりと路側帯に寄せて、ハザードランプを点滅させた。玲子が素早くお乳を出すと、菜々子は目をつぶったまま吸いついた。
「あんまり出らんけど、少し落ちつかんやろうか」
「……」
 

病室で初めて菜々子を抱いたとき感じた甘い匂いが車内に漂う。なんともいえない不思議な香り…これが赤ちゃんの匂いだ。

まるで母親と一体化したように胸元で泣きやんでゆく小さな命を見つめながら、修次はようやく家族が一人増えたことを実感した。 (つづく)


99年11月掲載

2014年04月05日

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パパの赤ちゃん日記(2)

【初仕事】


長女の名前は菜々子に決まった。命名…浦福菜々子。
「ななちゃん」「なな」「な〜ちゃん」
う〜ん、まだ実感がわかないが、かわいい響きだ。


修次は建設が進む県民文化ホール(現アルカスSASEBO)と駅の高架を横目に見ながら、菜々子が大きくなったとき佐世保って、どんな街になっているんだろう? と思いを巡らせ市役所へ向かって車を走らせていた。


妻と菜々子の退院まであと4日。玲子も元気で、病院の食事が美味しいと気に入っている。二人の退院までに済ませておかなければならない父としての初仕事がある。

それは出産届だ。

え〜と10盤窓口、戸籍年金課戸籍係。あった、あった。病院からの出産証明書を提出、規定の書類に記入する。第三子目からお祝い金が出るそうだが、今回は市からアルバムが贈呈された。


「あ、どうもありがとうございます」
「朝刊のお誕生欄に掲載をご希望でしたら、こちらに記入していただければ、掲載されますが」と職員の案内をうけ、住所・氏名を記入した。
「それとこちらが児童手当と乳幼児医療費助成の手続き案内です。お時間があれば、今日のうちに子育て家庭課で済ませてください」
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よし、これが玲子が言っていた児童手当の手続きだな。子どもができると、3歳未満まで毎月五千円の手当が支給される仕組みだ(掲載時・平成11年の制度)。

サラリーマンにとっては五千円でも実にありがたい助成金。なにがあっても申請を怠るわけにはいかない。


修次は喫煙コーナーで一服済ませ、2階の保健福祉部へ向かった。それにしても市役所っていろんな課があるものだ。子育て家庭課なんて部署は、親になるまでその存在すらしらなかった。


「あの育児手当の申請をしたいんですが」
「はい、こちらにどうぞ」


子どもが通院や入院した際、医療費の助成がうけられる、乳児児童医療助成の手続きも一緒に済ませた。ふだんは銀行の入金作業すら面倒に感じる修次だが、今日は不思議な充実感を覚えていた。


自然とわき上がるこの使命感こそ、親心の芽生えなのかもしれない。 
(つづく)

※99・11・5掲載

2014年04月04日

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「パパの赤ちゃん日記(1)

ずいぶん長く更新していませんでしたm(_ _)m

           はじめに

この春から娘が高校生になります。16年前に娘をモデルにライフに『パパの赤ちゃん日記』と題した、父親目線の育児体験記を連載していました。

子どもの成長はほんとうに早く、小さい頃の思い出も忘れていくことばかりです。いま読み返すと出産、育児の奮戦を通じて親も子どもからいろんなことを教えられ共に成長していることを感じました。

1999年から約3年間掲載した古い記事ですが、いま子育て真っ最中のお父さん、お母さん方にエールを送れないかなと思って当ブログで連載してみることにしました。笑って読んでもらえたら幸いです。                    
                    2014年4月4日 らいふのまたろう

 第一話【ようこそ】

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玲子のやつ、一緒に練習した「ひーひーふー」うまくできたのかな?修次は新生児室をガラス越しに覗きながら考えていた。

「浦福」。五、六センチの小さな足の裏にマジックで書かれた文字を確認する。「女の子。2850グラム。私のおかあさんは浦福玲子です」と記されたピンクのネームプレートの前に佇む。うむ、2850…。大きいのか小さいのか? となりの保育器に入っている渡辺さんの赤ちゃんは男の子、3150グラムだ。

まだ顔をよく見ていないんだ。こっち向いて、こっち、違う違う。渡辺君じゃなくて、うちの子、うちの子、そうだ、うちの子にはまだ名前がない。はやく妻と結論を出さねば。

「お〜い」と心の中で呟いてみると、となりの渡辺君がもぞもぞと動きだして、こちらを向いた。ワォ!! 渡辺君、お猿さんみたいだぞぉ。「お〜い」今度は突然、うちの赤ちゃんが鳴き始めた。

おい、どうしたんだ。だいじょうぶか? どこか具合が悪いのか? 看護師さん!? ガラスの向こうに見える看護師さんは、冷静な表情で何か別の作業をしている。うちの子が、顔を真っ赤にして泣いている。修次は心細くなり、ナース控え室へ走った。
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受付の看護師さんが、きょとんとした顔で「どうかしました」と尋ねた。
「あの、うちの子が、ひどく泣いているんです」
「どちらの?」
「あの、うちの、うちの」
「あっ、浦福さんでしたね。ちょっと待ってください」
 しばらくすると担当の看護師さんが奥からでてきた。
「お子さんは、ただ泣かれているだけですけど」
「…ただって、ひどく、なんか苦しそうに…だいじょうぶなんでしょうか?
「はい。赤ちゃんはみんなあんな風にしかなきませんよ」
「…あ、…どうも」

ガラスの前に戻ると、うちの子も渡辺君も顔をクシャクシャにして泣いていた。わちゃ〜、うちの子もやっぱりお猿さんみたいだ!!

ようこそ地球へ。ようこそ平和なニッポンのサセボヘ。ボクがキミの父親の浦福修次です。ヨロシク!  (つづく)