「本日、退院」
先日、大病を患い手術をした知人の醤(じゃん)キエロ氏を見舞った。
術後10日目のベッドでは、病衣でなく軽装姿の彼がタブレットでインターネットラジオを聴きながら漫画や雑誌を読んでいた。
口ひげを生やし、首にてぬぐい、足元は雪駄という彼流のくつろぎウエアが、点滴や流動食を終え、ようやく自由に動きまわることができる喜びを表現しているように見えた。
若い時となんら変わらぬ調子で、好きな映画や漫画、音楽について談義しながら、酒を交わしてきた仲だけに「手術入院」と言う言葉を聞いた時、不意打ちを食らったような気分だった。
そんな彼が切開した腹部を見せようとTシャツを捲る。ヘソを中心に縦に割ったような痛々しい傷跡が露わになった。よく見てみると、以前のぽってり腹が凹んでいるのに気づいた。
「腹凹んだね?」
「手術で5日間断食したおかげです。内臓脂肪って何も食わなきゃすぐなくなるんですね。この体型を維持しなきゃ」
互いに不摂生や無茶が利かぬ年代にさしかかった今、毎日自転車を漕いでも落ちなかった脂肪が取れたことは驚きだ。
「これからは酒も食事も量より質で楽しまなきゃですね」と美食家らしい笑みを浮かべた。
そうか、量より質ね。人間は本来、年を積みながら身体や思考を省エネやエコモードにシフトしていく機能を備えているのかもしれない。これからの我らの余生を象徴するかのようなスリムな腹に思えた。
病気になった本人にしか分からない不安や苦悩。病院にいると彼と同じようにように大勢の人々が現実と向かい合い、それを受け入れ、乗り越えながら人生を力強く歩んでいることに改めて気づかされる。
病気を通して彼が開いた新境地は、これからの人生をより豊かにしていくことだろう。
手術という大仕事、本当にご苦労様でした。そして本日退院ですね。おめでとうございます。これからも互いに楽しくて、心地のよい時間を大切に刻みましょう!