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2009年10月13日

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「OS-61 小学生高学年篇」

●1971〜1973年


テレビで『仮面ライダー』の放送が始まった。変身人間というヒーローは実に刺激的。男子児童の間でたちまち「ヘンシンブーム」が巻き起こった。もちろんライダーカードにも夢中になったが、箱買いする奴、スナック菓子だけ、ありがたそうにもらって食べる奴など、子供の世界に経済の仕組みを見てしまいカード収集に冷めた。ちなみに初めて憧れたヒロインはアニメ『ど根性ガエル』の京子ちゃんだったと思う。


旧佐世保市立図書館でポプラ社の江戸川乱歩・少年探偵シリーズをよく借りて読んだ。この頃、切手収集も流行った。札幌冬季オリンピックや高松塚古墳壁画の記念切手を買って、ストックブックに大切に保管した記憶がある。アメリカンクラッカーが大流行。欲しくて欲しくてたまらず、親に買ってもらった。カラフルなプラスチックボールを振り子状にぶつけ合って「カチカチ」とリズム刻んで遊ぶシンプルなおもちゃ。黄緑色のアメリカンクラッカーを買ってもらった。が、ブームが去るのも早かった。


チャールズ・ブロンソンのCMマネ「ウ〜ン、マンダム」が流行った。
野球選手に憧れて地域(天神一組)の少年ソフトボールチームに入った。補欠だったが、初めてもらったよれよれのユニフォームの背番号が「16番」だったので嬉しかった。4歳下の弟が小学校に入学する際、スペクトルマンと記念写真が撮れる特典付特売会で学習机を購入。兄弟揃ってヒーローと写った記念写真は宝物だった。念願のフラッシャー付自転車を買ってもらって有頂天だった。


いしだけ動植物園の広場で『タイガーマスク』や『バロムワン』のキャラクターショーを見た。生のスタントに感動。ショーの後、満面笑みでキャラクターと記念撮影。いまも写真が残っている。
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『あしたのジョー』大人気の中、『荒野の少年イサム』に憧れガンマンを夢見た。NHK少年向けドラマ『時をかける少女』や『夕映え作戦』を夢中になって見た。


名切公園のおくんち広場で、「ひよこ釣り」をした。赤、青、緑、桃色のカラフルひよこは、家に持ち帰ってもとってもかわいかった。ある日、縁側で猫に襲われ何羽か食べられてしまった。生き残ったひよこを大事に可愛がっていたが、体の塗装が次第にはげてきた。ひよこから鶏に近づいてくると、あまりかわいらしくなくなり、お世話しなくなった。するとじいちゃんが庭に鶏小屋を作ってそこで飼われた。やがてコケコッコーと朝夕鳴き声を上げるまで立派に成長した。


盆と正月になると両親がよく「男はつらいよ」シリーズを観に連れて行ってくれた。映画館は満員で大人たちの笑い声が響いていた。大勢でスクリーンを共有する映画の面白さを味わった。映画好きだった両親は『ラブバック』『ドリトル先生』など楽しい洋画にも連れていってくれた。時には『十戒』や『ベンハー』など大人向けのスペクタクル超大作も鑑賞した。意味が分からないながらもカズバの70mスクリーンで観る洋画のスケールの大きさに度肝を抜かれた。


小学5年生の冬休みだった。ばあちゃんが火鉢で焼いてくれた餅に醤油をつけて食べながらテレビで浅間山荘事件の実況番組を見た。「ひどかことさすね」と呟きながら餅を焼くばあちゃんの姿が印象的だった。


6年生のときに『日本沈没』上下を読み衝撃を受ける。学習発表会で模造紙に地球の断面図を描き、地質やマントルの構造を発表。日本海溝や深海潜水艇に興味が広がった。学芸会で『荒野の少年イサム』をベースにした台本を書き、クラスメートと寸劇を作って発表した。生まれて初めての演出、出演体験にワクワクした。


アニメ『ガッチャマン』『マジンガーZ』はもちろん、時代劇『木枯らし紋次郎』、刑事ドラマ『太陽にほえろ』に子どもながらかっこよさを覚え、爪楊枝をくわえたり、ショーケンのマネをして遊んだ。『刑事コロンボ』にはまった。「うちのカミさんがね…」の口癖もよくまマネしてた。NHKで『新八犬伝』の放送も始まる。人形劇の面白さを知ると同時に挿入歌にもなった『仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌』という八つの珠の魅力に惹かれた。『ゲバゲバ90分』もカルチャーショックを覚えて番組だった。


ある日の夕食にフライドチキンみたいな鶏肉メニューが出てきた。ご馳走なのにどうした訳か大人たちもあまり口にしなかった。わたしは食べたのか食べなかったのか? この件に関しては記憶が薄い。翌日からコケコッコーという鳴き声が消えた。小屋には鶏の姿もなかった。鳴き声がうるさいということで、昔料理人だったじいちゃんが締めて、料理したという噂が家庭内に流れたが、じいちゃんは煙草(エコー)をくゆらせながら、「売った…」とクールに笑うだけだった。


アグネスチャンのLPレコードを買ってよく聴いた。母親が買ってきたシングル愛鳥盤では由紀さおり『夜明けのスキャット』、尾崎紀世彦『また逢う日まで』、仲雅美『ポーリュシュカ・ポーレ』を気に入ってよく聴いた。


中学校へ入学前、カンコー学生服にするか乃木服にするか悩んだ。その原因はカンコー(桜田淳子)、乃木服(山口百恵)という二大アイドルによるイメージ戦略に少年の心は大きく揺れた。ちなみに購読雑誌も『中一コース』と『中一時代』で、淳子ちゃんと百恵ちゃんのガチンコ。悩みに悩んだ末「中一コース」を買い、楽しかった天神小学校を巣立った。

■付録「1971〜1973年・佐世保の主な出来事」
71年(S46)
卸本町誕生。アツギナイロン工場落成。西肥バスワンマン化。佐世保刑務所が福石町から浦川内町へ新築移転。
72年(S47)交通公園に蒸気機関車D51到着展示、交通公園オープン。柚木炭坑閉山、市内炭坑ゼロになる。市立西高校が県立佐世保西高等学校になる。京町地下道開通。
73年(S48)
県外集団就職列車スタート。オイルショックでトイレットペーパーパニック行列。児童文化館のプラネタリウム館完成。
(※参考資料/『佐世保年表』佐世保市発行)