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2009年05月07日

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「ヒッピーに捧ぐ」

受験以外の道しるべがなかった高校時代。ぼんやりした将来をまぎらすかのように、映画館に通い、筒井康隆を読み、ストーンズとツェッペリンを聴いていた。渋谷陽一がDJを務めていたNHKラジオ『サウンドストリート』で、最新の音楽情報をキャッチするのも楽しみだった。
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そこで初めて耳にしたのがRC SUCCESSION(清志郎)の歌声だった。それまで聴いたことがなかった日本語ロックが流れてきた。特にその歌詞に驚いた。そこには作詞家やシンガーソングライターが書いた歌とまったく違う世界観が描かれていた。自分が思っていることや考えていることを、自分の言葉で表現していいんんだ、という新鮮な驚きだった。

それからRC SUCCESSIONのレコードを探し回ったが、過去の作品は佐世保ではなかなか手に入らなかった。高校卒業後、早稲田大学の学園祭でRCのライブを観た。『よォーこそ』で始まるオープニングに興奮した。ステージ狭しと飛び回る清志郎。その言動ひとつひとつに鳥肌が立った。rc11.JPG海の向こうの文化と思っていたロックンロールショーを目の前で日本人が体現させてくれている現実。中学、高校と一色の価値観に縛られてきた世の中に対する窮屈な思いは、この日、見事にぶっ飛び、生まれて初めて“表現の自由”が実在したことを知った。

一人暮らしを始め、孤独と向き合ったり、対人恐怖症になったりしたとき、救ってくれたのはたくさんの本とロックンロールだった。中でもRCは「自分に正直に生きれば、きっとうまく行く」というシンプルな生き方を教えてくれたバンドだった。清志郎は、表現と作品を通じて物づくりや、創造力が社会を潤すことを発信しているロックンローラーだと思った。作品に散りばめられた物の見方や考え方、ユーモア、風刺、言葉遊び、絵心、価値観に多大な影響を受けながら、わたしは少年から大人になっていった。

平成二十一年、連休深夜。テレビを見ながら夜更かししていた娘が訃報を教えてくれた。床に入っていたわたしは「えっ!! ほんと。教えてくれてありがとう…」と、わりと冷静に娘に告げただけで、速報を見ようとは思わなかった。布団の中で眠りに落ちながら、♪お別れは突然やってきて すぐに済んでしまった〜、と清志郎の歌声を思い出した。

翌日、RC、タイマーズ、ソロなどの作品や書籍を引っ張り出してみた。若き日に再販で手に入れたLPレコード『シングルマン』はアパートで何度も聴いた思い出深い一枚だ。日本のロックが開花していくスピード感あふれる80年代初頭にふれた『ヒッピーに捧ぐ』『甲州街道はもう秋なのさ』『スローバラード』など切なさとピュアな感性を秘めたスローな楽曲が、とても新鮮だった。
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子どもの日の正午過ぎ。『カバーズ』を皮切りにアルバムを聴きなおしてみた。ベランダ越しの海。新録が映える緑の島。窓を開けてボリュームを上げる。しかし、爽やかな陽気に似つかわしくないけたたましい轟音が響いている。「♪何やってんだ偉そうに 世界のど真ん中で〜」米海兵隊の揚陸艇LCACの大地を振るわすような轟音に清志郎の歌声がかき消される。

よし次は『黒くぬれ!』だぜ。ボリュームをさらに上げる。まったくロックよりうるさい音だぜ。子どもの日なのに、これじゃ赤子は昼寝もできないぜ。祝日くらい戦争の練習はやめようぜ。そんな思いが届いたか? 佐世保湾から轟くうるさい騒音が低くなってきた。

『わかってもらえるさ』『君が僕を知っている』『いい事ばかりありゃしない』『けむり』『シュー』『ロックン仁義』『パパの歌』……。いい歌がいっぱいだ。最後はソロのベスト盤。『RUBY TUESDAY』で涙がこぼれた。

忌野清志郎様。もしわたしが歌うたいだっら『ヒッピーに捧ぐ』を熱唱したい思いです。どうもありがとうございました。あなたからもらった「ステキな心」を大事にして生きていきます。 (皐月)