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2008年11月21日

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「OS-61 小学生低学年篇」

●1968〜1971年

初めて自分の小遣いで買ったレコードは1年生のとき。ピンキーとキラーズの『恋の季節』だった。中学生がいる従兄弟の家に遊びに行くと、『黒ネコのタンゴ』やゴールデンハーフの『黄色いサクランボ』、ドリフターズの『ズンドコ節』、タイガースのレコードなどがあったのでワクワクした。テレビから流れてくる音楽ではNHK『新日本紀行」のテーマ曲が気に入っていた。

米原子力空母エンタープライズが入港。自宅そばの高台から従兄弟たちと一緒に双眼鏡で眺めた記憶がある。船の上に並んだ戦闘機が印象的だった。

幼稚園の頃から通園時によくお腹が痛くなった。小学生に入っても正露丸やビオフェルミンを服用していた。夏休みや冬休みは学校で買う肝油ドロップが楽しみだった。使い切り寸前の缶入り練乳のフタの裏をなめると幸せな気分になった。

土曜日の夕方になると近所の子どもは決まってアニメ『巨人の星』を見た。なぜか星飛馬よりお坊ちゃまの花形満に憧れた。アフタヌーショーの浪越徳治郎コーナー「指圧の心は母心、押せば泉の命湧く〜」のマネして面白がっていた。
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小学入学前、映画『サンダ対ガイラ』を観た。しばらく風呂やトイレへ行くのがすごく怖かった。映画『ガメラ対ギャオス』を観て無性にガメラの背中に乗りたくなった(主人公みたいな黄色い野球帽を買ってもらったがガメラは一度も現れなかった)。そこでカメを欲しくなった。映画『緯度0大作戦』を観て空想世界に興味を持った。3年生のとき、映画『ガメラ対ジャイガー』を観て今度はボーイスカウトに憧れた。同時上映だった『透明剣士』を観て剣道にも憧れた。

アポロ11号による人類初月面着陸。親たちは一生懸命見ていたんだろうが、夜中で寝てしまったのだろう。あまりはっきりしない白黒テレビの画像がかすかに記憶に残っているだけ。どちらかというとコント55号の番組で行われていた野球拳やドラマ『時間ですよ』の女湯シーンの方が子ども心に焼きついた。

この頃、わたしはぜんそく持ちだった。発作はわりと軽かったようだが、夜中にゼィゼィ、ヒューヒューと音をたてた呼吸をしていたのを覚えている。

『ウルトラセブン』のウルトラホークや『サンダーバード』2号、4号、『キャプテンスカーレット』の追跡戦闘車、マッハ号など男心をくすぐるメカニックの造形美に魅せられた。『謎の円盤UFO』という海外ドラマでUFOという存在を初めて気にした。

初の習い事は習字。兄弟の多いご近所のお宅で先生が訪問指導する教室に混ぜてもらって毎週月曜日の夕方に習った。ちなみにこのお宅は当時、唯一電話機を備えた家庭で、電話の取り次ぎも行ってくれていた。習字終了後、夜7時から見る特撮ドラマ『コメットさん』が好きだった。中でもGIジョーが出てくるオモチャの反乱する話が面白かった。

コメットさんが終わり7時半になると親がNHKの『新日本紀行』にチャンネルを変えていたから、あのステキなテーマ曲が今も心に残っているのだと思う(富田勲作品と知ったのは大人になってからだった)。そして8時になると茶の間は『水戸黄門』を家族みんなで共有する劇場に変わった。

子どものいない隣のおじちゃんが近所の同級生マサチャンとわたしを「玉屋」に連れていってくれた。屋上遊園地でコーヒーカップに乗ったりして遊んだ帰り道「蜂の家」でシュークリームをご馳走してくれた。こんなに美味しいお菓子があったんだと驚いた。玉屋と蜂の家のはしごは子どもにとってすごい贅沢なものだった。

初めて近所の貸本屋に行った。『ちかいの魔球』か『黒い秘密兵器』だったと思う何か野球漫画を借りた。母の友だちの家だったと思う。インテリアにミニカー(トミカ?)が飾ってあるのを見て心が躍った。

クワガタとりが上手な近所のニシノくんのナビゲートで初めて天神山を探索した。樹液をすするクワガタの横にいた大きなスズメバチがとても怖かった。衣服にくっつく天然マジックテープ機能搭載の「バカ」と呼ばれる植物(オナモミ)を投げて遊ぶ楽しさを覚えた。

佐世保では人糞尿の「肥やし」や汚物、排出物などを「だんぼ」という言葉で表現。子どもの世界では汚いものをくっつける意味をこめた仕草で「だんぼ」と口ずさみ相手にタッチ。「かぎ」という言葉と指輪っかで「だんぼ感染」から身を守る、という変な遊びもあった。

草の茂った空き地で上級生が作った「基地」を発見。触発され近所の同級生たちと藁や段ボールを使った初めての隠れ家を作った。

駄菓子屋は近所の通称「ババ小屋」によく通った。クジもよく引いたが、低学年の頃はぺちゃ(めんこ)もまだまだブームだった。この頃よく引いたブロマイドはウルトラマンやゴジラ、ガメラの怪獣ものだったと思う。サンスターのスパイメモ(手帳)が流行った。学校近くの文具屋さんで買ったが、水に溶けるメモがもったいなくて使えなかった。

学校で売られていた学研の学習雑誌「科学」と「学習」は付録が欲しくてしかたないくせに、なぜか学習の方をよく買っていた。

ばあちゃんが孫三人(弟と従兄弟とわたし)を連れて怪獣映画を観に連れていってくれた。作品は『ゴジラ対キングコング』のリバイバル上映だった。シネスコ画面の両サイドからゴジラとキングコング現れバトルを展開するクライマックス富士山麓決戦シーンに興奮した。孫三人でもう一度観たいというと、ばあちゃんは承諾。さすがに2回目は、ばぁちゃんは口を開けて眠っていた。

そんなばあちゃんがじいちゃんとおしゃれして大阪旅行へ出かけた。万博博覧会だ。お土産にもらった記念コインやグッズがとても嬉しかった。岡本太郎の「太陽の塔」は低学年のわたしにも、ものすごいインパクトを与えた。三波春夫の歌う『世界の国からこんにちは』や水前寺清子の『三百六十五歩のマーチ』に子どもながらも日本の明るい未来を感じていた。

軍服にはちまき姿で演説している男性の映像が記憶に残っている。後に三島由紀夫と知るが、当時3年生だった私は何が起こったのかまったく分かっていなかった。 (つづく)

■付録「1968〜1970年・佐世保市の主な出来事」
68(S43)年
原子力空母エンタープライズ入港。全学連と警察隊が佐世保橋で激突。19日市民の会初デモ。総合グランドにプールとテニスコート完成。スポーツランドにアイススケート場オープン。ラジオ佐世保が浜田町に移転。
69(S44)年
ベトナム戦争で空母の出入りが最高数に達する。精霊船の花火で四ヶ町火災。SSKバイパス、針尾バイパス開通。下原ダム完成。テレビ長崎KTN放送開始。
70(S45)
西海橋通行料無料化。総合グラウンドに子供用プールオープン。佐世保北高校卒業式で一部の生徒が卒業式を妨害。逮捕されるなど高校生にも反戦ムード。
(※参考資料/『佐世保年表』佐世保市発行)

2008年11月12日

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 【私と政治 番外編】

            

『顔写の巻』

ニンジンぷらぷら。二兆円ちらちら。わっちら逸民は馬じゃござんせんよ。ねぇ、親分。ひょっとしてこれまた選挙のための政治ってやつでござんすか? そういや、ちかごろ、まちなかに議員先生方の“顔写”ポスターが日に日に増殖してるでやんすね。ほらあそこにもぺたぺた。そこにもぺたぺた。「こら。言葉をつつしまんかい。先生方はまちの美化のことまで考えて、あのような明るい笑顔を貼って回ておられるんだ。見ろよ。どれも気品のある高貴なガンシャばかりじゃねぇか…」失礼したでやんす。たしかにお美しい顔写でやんすねぇ。

           
           
『はっぴー政権の巻』           

わらわは、はっぴーせっと票でまだまだ与党幕府に身を置きとうごじゃる。今回もはっぴーせっと票で、もちろん勝てるのじゃろうな?「……」な?「……」これ巻之太綺険Ρ厂腓匹Δ靴童を開かぬ? 答えぬか。勝てるのじゃろう? なぁ? 「…それがなんとも微妙な空気が民に蔓延しておりまして…」なにをざれごとをもうしておるのじゃ。幕府は不滅じゃぞ。「それが世論と申しますのがいつになく手厳しく…セットのおまけがつくかつかないか?生産元ソウカ堂の方々も困惑しておりまする次第…」いやじゃ。いやじゃ。わらわは負けとうない。いやじゃ。いやじゃ。そうでごじゃる、テレビが悪い。殿方らがテレビに出るたびに幕府の支持が落ち悪者あつかいされておる。平成の民はテレビでものごとを判断しすぎる。大殿どの迷走など、なにも今に始まったことではござらぬではないか。とにかくわらわはずぅ〜とハッピーでいたいのじゃ。何があっても負けてはならぬ。万歳、万歳、わらわはハッピーでごじゃる。
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『罷免の巻』             

ねぇねぇ、シュウギイン・ソウセンキョってさ、ヒレイダイヒョウとか、なんとなく分かってんだけどぉ、巻子ってセンキョ詳しい?「あたりまえじゃない。あんた行ったことないの。信じられない〜あれって国民のギムよ!」違うって。私だって行ったことはあるわよ。たださ、一緒に最高裁判所裁判官国民審査ってあるじゃない。あれって何なの?

「ばっかね。あれって、あれじゃんシンサじゃない。国民のギムよ!」分かった巻子。ギムは分かったからさ、どうやって選ぶのか教えてよ。「どうやってって、あんたそんなのも知らないの? いやになっちゃう。あれって国民のギムよ!」分かった。分かった。ギムは分かったって。だからさ、選び方を教えてって言ってんじゃないの。

「いい、あんた宝くじは買ったことある?」うん、ジャンボとかロト6も何回か、スクラッチとか買ったことあるけど、ぜんぜん当たんないからムカツク〜。「そう、ロトと一緒よ。ロト買うとき好きな数字選ぶでしょう。あの感覚。数字の代わりにピンっ閃いた名前を選べばいいのよ」えっ!? マジなの? ピンってきた人って言われても知らない名前ばっかりだったよ。投票所ではじめて見たもん。

「当たり前じゃん誰だって裁判官の名前なんか覚えている訳ないじゃない。それも国民のギムなのよ。第六感やインスピレーションがたいせつなの。あんた昔から霊感強かったからきっと向いているって!」だから霊感なんてないって、宝くじぜんぜん当たんないもん。だけどさ、選ばれた裁判官ってさらに偉くなったりする訳? 「もち。偉くなるんだろうね」いいな〜。ってことはシンサじゃなくてニンキトウヒョウってことじゃん? なんかおかしくない?

「おかしくないって。シンサって審査員のシンサでしょう。ずばりコレって思う人を決めればいいのよ」そうか。巻子ってやっぱし賢いね〜。「ばっか何いまさら持ち上げてんのよ」キャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッ。
※いまだ「罷免」という漢字を知らない二人は「政権が転んでもおかしい年頃」はとっくに過ぎているにもかかわらず、涙がでるほど戯れ笑いを続けるのだった。


それでは総選挙に向け日々知恵をしぼりご尽力されております全国の与野党議員先生方の万歳姿を祈願いたしまして、日本の偉大なるロックンロールバンド、ザ・タイマーズの名曲『ギーン ギーン』を捧げ『私と政治・番外編』を終わらせていただきます。
 
ギーン〜 ギーン〜 ギーン ギーン〜ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン〜 ギーン〜 ギーン〜 ギーン ギーン〜ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン〜