« 2008年06月 | メイン | 2008年09月 »

2008年08月27日

a002977

「稲佐山で魂を揉まれてアイタタタ」

Sj083.JPG
8月24日、日曜日。クーラーバッグに麦酒をいっぱいつめて稲佐山野外ステージへ向かった。同行者は昨年と同じハウリン伊達丸だ。

長崎駅からの道中、「チケット買います」「チケットあまっていませんか?」のプラカードをかざす若者たちの姿が目を引く。『スカイジャンボリー2008〜笑顔〜』のチケットは完売、当日券なしというすごい人気だ。

青空と緑が映え渡る自然空間を舞台に出演者とオーディエンスが一体となって創り上げてきた10年間におよぶ感動の蓄積。それは人々の心の中だけでなく、稲佐山中腹の芝生や木々、大空の中に夏の記憶として刻み込まれているような雰囲気を漂わせている。

FM長崎が九州を代表する夏フェスへと成長させたスカジャン。音楽を介し人と人の心をつなぐ装置として稲佐山というロケーションは不可欠なのかもしれない。

会場はすでに満杯だ。わたしと伊達丸はとりあえず喫煙エリアに荷物を置き、七星薄味特別仕様と駱駝煙草に火をつけ、麒麟淡麗で乾杯。キマグレンの演奏で2008年のスカジャンが爽やかに幕を開けた。

なんとか二人が座れる芝生空間に割り込む形で場所を取り、佐世保駅の朝市で買った平戸のスボを肴に、ほれまた一杯。その後、会場全体を散策。オリジナルグッズブースでFM長崎のDJマークとサンディトリップの歩美ちゃんを発見。わたしたちはまるで仲良し女子高生みたいにお揃いでスカジャンタオルを購入した。

そろそろ会場前方のライブエリアに向かいましょうか、とスタンディング空間へ足を運ぶ。ミドリの登場を待つ若者たちの熱気で早くもボルテージが上がっている。ミドリが現れるやいなや、人の固まりは激しいうねりとなり、わたしの体は前横後ろ、前横後ろ、と見知らぬ少年少女たちの熱の渦に巻き込まれていく。

あれれ〜靴が脱げた。背後にいる誰かにかかとを踏まれ、脱げた靴をはき直し、またはき直す。あ〜なんと久しぶりの乱痴気騒ぎ。ルースターズやモッズ、シナロケなどビートバンドを追い求め、サウンドに乗ってぴょこぴょことポコダンスしたいた若き日の記憶が全身に甦る。
Sj081.JPG
誰が投げたか? 空に弧を描きしぶきを上げるミネラルウォーター。その向こうにトンボが飛んでいる。視線をステージに戻すと人の頭。頭。頭。指を突き出した拳。腕。拳。腕。拳。腕。人垣からにょきっと植物の茎が生えてきたように青年の足が飛び出す。その先にセーラー服姿でマイクを握る後藤まりこの上半身が見え隠れする。倅みたいな年代の少年少女たちと一緒になって体をもみくちゃにしながら体感するパンクな連帯感。年甲斐もなくぴょんぴょんジャンプしながら右腕を振り上げてしまう。

映画『エイリアン3』のシガニー・ウィーバーみたいな短髪頭で目の周りに血行不良をおこしたような“目のクマ”メーク(?)の後藤まりこが歌い走る。お行儀の悪い“おきゃん”なライブパフォーマンスはさらに加速していく。これぞ目を点にさせる五感で感じるロックなる日本語表現。嘘つきバービーと仲が良いバンド…と聞いた風の噂が説得力を帯びてくる。オーディエンスの心身を解き放すように弾き出されるジャジィーなサウンド。後藤まりこはステージ袖のやぐらに這い上がり群衆を扇動しマイクを放り投げた。かなり古い例えで恐縮だが、初めて動く忌野清志郎や戸川純、遠藤ミチロウ、町田町蔵を見た時に似た衝撃を覚えた。
Sj082.JPG  
常識や日常はもとよりロック的お約束からも一端抜け出した場所。世間から見るとそこは「負の力」の「たまり場」なのかもしれない。そこから新たな音と言葉を生み出すことこそロック的醍醐味だと思う。ミドリは「負の力」も「正の力」も壊した場所から音と言葉をはき出しているような実にオモロイ!バンドだった。


10Feetのサウンドによる観衆ウェーブやタオルプロペラ。リッキーG、モンキーマジックを迎えて心地よいサンセットタイム。陽気なビークルのロックを聴きながら麒麟淡麗また一本。焼きちゃんぽん食べながら麒麟淡麗また一本。思い思いのスタイルで音楽にふれることができる稲佐山。

日が沈み幻想的な照明が浮かび上がったステージにブンブンサテライツが現れた。わたしは再びスタンディングエリアに立っていた。MCなしノンストップで展開する無国籍でスタイリッシュなロックサウンドに酔いしれながら、またまた若者に全身をもまれながら右腕を振り上げていた。

さすがに翌朝、足腰、右腕を鈍い筋肉痛が襲った。「運動会に参加したわけではないのに…年だぜ」。自戒したものの、少年少女に魂を揉んでもらったおかげで心だけは妙に清清しかった。若者たちがが一つになって笑顔になれるお祭りは社会の豊かさ。時には大人目線を伏せて少年少女に魂を揉んでもらう覚悟も大切なのかもしれない。アイタタタ……。(葉月)

2008年08月01日

a002945

「ジュリーが佐世保へやって来る♪」

タイガース時代の活躍はよく知らない。が、ソロになってから歌番組やレコード大賞、紅白に出演していたジュリはティーンズだったわたしに鮮烈な印象を与えたアーティストの一人だ。

それはグループサウンズブームが去った後の昭和40年代後半から50年代。「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」「サムライ」「ダーリング」「LOVE抱きしめたい」「カサブランカダンディ」「OH!ギャル」「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」「ス・ト・リ・ッ・パー」「おまえにチェックイン」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」……。次々と発表される個性的な楽曲はまるでわたしの青春BGMのように日々どこかで鳴り響いていた。

昭和40年代のロックはまだまだ洋楽が主流だった。日本のロックは、市民権を得ることなく“和製ロック”という枠から飛び出せず試行錯誤していた黎明期だったと思う。そんな中、わたしは吉田拓郎の33回転レコード『今はまだ人生を語らず』を何度も聴きながらフォークとかニューミュージックというカテゴリーを越えた「不思議なかっこよさ」を密かに感じていた。そしてモーリスを買った。

やがてキャロルや甲斐バンド、ダウンタウンブギウギバンドを知り、カルメンマキ&オズ、遠藤賢治、シーナ&ロケット、パンタ&ハル、RCサクセション、サザンオールスターズなど日本語によるロック表現を確立し個性を放つミュージシャンたちが続々と現れた。中学生から高校生にかけて初めて歌謡曲ではなく、日本のロック存在を認識するようになった。

そんな時代と交差しながら、ジュリーは演歌やニューミュージックなど具だくさん、幕の内弁当のようなブラウン管の中から茶の間に向けてロックスピリットを放って楽しませてくれた。まだビデオも一般的でなくPVも普及していなかた時代だ。テレビの歌謡ショーという枠の中で斬新なビジュアルとサウンドを見せつけ、るラジカルな姿勢が痛快だった。特にジュリー&エキゾチックス時代のバンドサウンドが一番好きだった。海の向こうのミックジャガーやデビッド・ボウイなどロックスターに負けないオーラを発光していた。
jyuj963.JPG
セックスピストルズ登場後、パンクからニュー・ウェーブ、ニューロマンティクスと目まぐるしく変化していくブリティッシュロックシーンと平行するように、日本でも東京ロッカーズやめんたいロックというムーブメントが巻き起こった熱き80年代初頭。既存の価値観にとらわれない自由な表現を行うユニークなロックバンドが競うように登場し始めた頃、手軽なテレビを介して楽しめたジュリーの楽曲は今も色あせないわたしの中のロックだ。

さらにもう一つの大きな出会いは長谷川和彦監督の傑作『太陽を盗んだ男』である。一個人が原爆を作って国家を脅迫すると言う破天荒な題材の映画なのだが、爆弾を盾にとり個人的な要求を繰り返す主人公の姿に核実験を繰り返し、国策を巡って敬遠し合う核所有国の現実が重なり冷戦の病理も感じさせる作品だった。そんな重いテーマを理屈でなくハリウッドにも引けを取らない極上の娯楽作品として見せつけたのがゴジこと長谷川監督だ。その感性と手腕に高校生だったわたしは衝撃と感動を覚えた。長谷川監督もわたしの青春にとってロックな人物だ。そして銀幕の中で主人公、城戸誠をクールに演じていたのもロックな人……ジュリーだった。

時は過ぎ、21世紀。わたしも四十半ば過ぎ。ジュリーは還暦を迎えて全国ツアーを展開中で、明日8月2日(土)にわたしの住む佐世保市にもやって来る。70年代〜80年代にリアルタイムで聴いたヒット曲ももちろん聴きたいが、60歳で新譜をリリースしてバンドサウンドを引っ提げ全国のステージに立つ現役ロッカーの生きざまにぜひふれておきたくチケットを買った。しかも、ツアーギタリストは元ルースターズ(Z)の下山淳。熱烈なるルースターズ(S+Z)ファンだったわたしにとって申し分ない豪華なプログラム。年を積んだ下山淳のギターリフも大いに楽しみたい。さらに会場がアルカスSASEBOではなく昭和の名残り漂う佐世保市市民会館というのもいい。ロックな気分を増幅させてくれるのではないだろうか。

先日母親に「今度、沢田研二ば観に行くちゃん」と告げたところ、「あら、あんたは昔よくマネしよったもんね」と言葉が返ってきた。うむむ、ちょっと恥ずかしかった。ジュ、ジュ、ジュリ〜! (葉月)