「元朝の所存」
最後にこの帳面を更新した夜、事件が起きた。
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人々を襲った恐怖と衝撃に「戦争」の持つ非情さと不条理を感じた。
後に残ったのは不快でやり場のない虚無感だった。この帳面に町のことを書き記すことも気が進まなくなった。
そして年が明けた。
パソコンの電源を入れ、カーテンを開けた。
軍艦を見下ろす丘から眺める元旦の風景。中腹に点々と佇む民家の瓦が、かすかな雪を積んでいた。
郵便局のバイクの音が階下に響く。
玄関鉄扉に備えられた新聞受けから白いビニールに収められた分厚い朝刊を引き抜いた。
自室に新聞を広げて、煙草に火を着け、ラジカセにCDをセットする。
普天間移設 沖合移動。穀物備蓄引き上げ検討。次期衆議院選770人超出馬予定。社説「多極化世界への変動に備えよ」。「この国をどうする〜クオリアとは〜」。主人公で生きろ。(創刊50周年へ向けて少年マガジン) 衆議院予想立候補者一覧。原監督3年目の決意。王監督14年目集大成。岡田ジャパン再始動。コースター急停止13人けが……。
富田勲の「新日本紀行」を聴きながら、朝刊をいつもより丁寧に読んだ。
子どもの頃テレビの中から流れていた同番組のオープニングテーマは、今も不思議な郷愁へと誘ってくれる。ふだん意識していない日本人のDNAを呼び覚ますような旋律が心地よく身体に染み込んでいく感覚だ。
新聞を折り、白いビニール袋に戻して起き上がる。「俺は日本人」「あい・あむ・じゃぱにーず」という意識が昂ぶった。澄んだ冬景色の中に、いつもより少しだけ凛としている己の精神を感じた。
真冬の海にぽつんと浮かぶグレーの軍艦。わたしの約半生がそうであったように、これからの時代を生きる子どもたちにも「戦争」はいらない。
再び帳面に町の様子と我が心模様を書き記そう。それが元朝の所存だった。 (睦月)