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2008年01月30日

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「松千のマツケンと刺身のケン」

 
 佐世保で新曲を制作中の松千と「木炭屋」で飲んだ。ハウリン伊達丸も加わり、遅ればせながらの新年会だ。

 
 焼き鳥はもちろん、シメアジと生ビールの愛称も抜群。ジョッギ片手に「うまいっすね〜」と、ちぐりん(千草ちゃんのニックネーム)もご満悦だ。「お待たせしました〜ぁ」とメニューを運んでくれるのは、赤崎コンパ大學のベーシスト山ちゃんだ。ステージと変わらぬサービス精神あふれるスペシャルな接客付という楽しい飲み会だった。

 
 ギタリスト松健はいつも通り、酒を飲んでも口数が少なくクール。食欲旺盛なる若者なのに肴を口に運ぶ回数が極端に少ない。グラスを傾けながら。真剣な眼差しで黙って人の話を聞いている。そこで、拙者が「松健も何か喋りなさいよ」と談笑の仲間入りを進めて、またまた新たなる“マツケン伝説”が生まれることになった。
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 実は彼、年頭に「今年はもっと喋るぞ!」というドデカイ抱負を身長156cm、体重45kgのボディに刻み込んでいたのだ。この夜、弾む会話をイメージトレーニングして宴に挑んだそうなのだが、ちょっと言葉を詰まらせたように訥々と話すテンポはいつも通り。不完全燃焼のまま酔っぱらい談義に加わっている松健の胸中を聞いてみると次のような言葉が返ってきた。


「人の会話を聞きながら考えを巡らせ、自分の意見がまとまった所で、よし発言しようと思うと、いつも話題が変わってしまっているんです」

 
 ギターテクと歌はあんなに達者な松健なのだが、会話が苦手。その原因は彼のシャイな性格に隠れた思慮深さにあるようだ。

 
 例えばこの夜、拙者が「刺身のケンやツマって必ず残るよね。僕は大根のケンってキャベツの千切りみたいに好きなんだ。大根もシソの葉も単なる飾りじゃない。生臭さを抑えたり、殺菌効果もある、しかも、ビタミンが多く含まれていて、動物性タンパク質を食べ過ぎて酸性になりがちな体を中和させたり、消化を助けたりする役割もある。洋食のパセリみたいな大事な野菜。つまりケンは食生活の知恵のたまものなんだ。それを、日本人は毎日大量にゴミとして捨てている。刺身と同じく残さずいただくことこそ、エコライフだと思う。そこで、僕は『ケンとツマも美味しく食べよう』を今年のテーマに掲げ実践したいと思う。皆さんどう思う?」

 
 みたいな話しを浴びせると、ちぐりんは「え〜ぃ私も食べま〜す」と盛り上がる。伊達丸も「そうさ、そいがロックさ。ロックンローラーは絶対映画『アース』も、観とかんばって!」と語気を強めて手前勝手な世界観を言語にする。ken1635.JPG

 
 このように脈略がありそうでない、無秩序な会話のやりとりが一般的な雑談、および談笑のグルーブ感だ。

 
 ところが、松健は沈着冷静。ときおり、相づちを打つ程度で感情を表さない。この間も、彼は大人しく思考を反芻しながら、刺身のツマやケンに対する自己の論理をまとめる作業を行っていたのである。


「じゃ、この4人で刺身のケンとツマを守る会を発足しよう!」と勝手な会を発足させ乾杯したのとほぼ同時に、話題は伊達丸が振った映画『アース』に変わり、ちぐりんがお正月に観た『椿三十郎』へと移った。

 
 松健がまとめ上げた刺身のケンとツマに対する独自の見解は言語となって発表されぬまま終わり、今度は映画についての話に耳を傾けながら、あれこれと思いを巡らせていたのだ。

 
 ときおり、「自分は…」と、高倉健のようなストイックな口調で、仲代達也みたいな瞳をギラギラと輝かせ、言葉を慎重に選びながら話しを切り出す松健。決して人の話に割って入り、強引に自分の気持ちを挟もうとしない松健。それが松健の魅力なのではないだろうか。
 
 
 言葉にならなかった彼の思いは音楽の中にフィードバックされてゆく。ぺらぺらお喋りの軽薄さがもてはやされる時代。言葉を抑えた彼の感情はギターの音色となって人々の心と会話する。音楽、歌詞、絵、文章などの表現手段が松健に一番適した言語伝達なのかもしれない。
 
 
 以前は中学生に間違われていた松健。最近は髪を伸ばして、トイレでよく女性と間違われるそうだ。その思いは生の声よりも文章とイラストでうまく表現された。気になる方は、ライフさせぼ、1月25日号に掲載されている『松千TOKYOメール』着信27『空港のオアシス』をご覧あれ。無口な松健の心境がおもしろく綴られたエッセイに仕上がっているぞ。(睦月)
 

2008年01月22日

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  【 百万円の雨 】

 先日、約100万円する雨を見た。

 大宮市場で買った手作り日替わり弁当を食べ終え、窓外を眺めながら歯を磨いていると、雨が降ってきた。細い雨脚は、建物や車にかすかなしずくを残しただけで、本降りなることなく、すぐに止んだ。
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 佐世保市では小雨による水不足が続いている。さまざまな渇水対策が検討される中、初の人工降雨実験が行われた。市から依頼を受けた九大の研究チームが、飛行機に乗り込み、雲に液体二酸化炭素を散布。蒸発した炭素が空気を冷却して、雲の中に氷の結晶を作る。その結晶が成長して雨粒になって落ちる。というメカニズムらしい。

「実におもしろい…」と、テレビドラマ「ガリレオ」の名台詞が聞こえてくるような、自然科学の素晴らしさを秘めた興味深い実験だ。残念ながら、渇水に役立つまとまった雨を降らせることはできなかったが、理屈通りに上空に雨雲が垂れて、小雨がぱらついた。翌朝の新聞には「人工降雨 実用へ一歩」「人工降雨 成否微妙」などのタイトルが踊った。

 ちなみに、この実験の予算は1回約100万円ほどかかるそうだ。高いのか安いのか分からない。100万円あれば、水をどれくらい買えるのか? という素朴な疑問も浮かぶ。しかし、科学の進歩を考えるとうなずける金額にも思える。人類は優秀な学者たちのおかげで、豊かな文明を築いたきた。これまでもドラえもんのポケットが決してサイエンスフィクションではないことを、さまざまな発明と開発で予感させ、実現させてきた。科学は実に素晴らしく、頼もしい、人類の英知だ。

 だが、一方で科学がもたらした豊かさが、人類の危機も招いている。45億年も生きてきた地球の生命を、わずか一世紀ほどでことごとく傷つけているのは、先人達ではなく、今を生きているわたしたちなのだ。

 科学で雨を降らせることができるのなら、オゾン層も人工的に作って簡単に補うことができるんじゃないか? と、わたしたち素人は考えてしまう。これが人類のおごりなのかもしれない。自然界のメカニズムを科学療法で修復するということは、薬漬けの人体と同じ気がしてならない。

 約100万円の小雨を降らせた雲に、「どんな感じだった?」と地球の気持ちを聞いてみることができる人類の英知に未来を託したい。
 

2008年01月12日

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  【 普 通 】

 車を運転中、携帯電話で会話したり、テレビやDVDを見ながらハンドルを握っているドライバーをごく普通に見かける。maki26.jpg

 その目撃頻度から推測すると、飲酒運転が隠れている可能性も有り得る。これは、ひっきりなしに行き交う車輌の中に凶器運転手が紛れていても誰にも分からないという現実の裏返しだ。

 耐震偽装、食品の偽装、賞味期限改ざん、接待ゴルフ、社会保険庁、厚生労働省、相撲部屋の不祥事……。

 いずれも表沙汰になる前、当人たちは携帯電話を使いながらハンドルを握るドライバーと似たような感覚で、ごく普通の行為として繰り返していたのではないか。

 常識や良心を捨てなければ成立しない「普通」は、まだまだいろんな場所でまかり通っていると考えられる。

2008年01月09日

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「佐世保の国道にイノシシ!」

 
 近ごろ、猪による農作物の被害が増え、山の手の住宅地などでもその姿が頻繁に目撃されている。九十九島の会の平尾会長と話をした時、金重島でも猪が餌をあさった痕跡を発見した、と語っていた。海を泳いで餌を探しに行く勇ましい猪まで出没しているということになる。
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 数年前に知人がバイク通勤中に猪に激突され転倒。腕を骨折するけがを負った。雑木林、山沿いの通学路にも度々猪が出没中。校内で「イノシシと出会っても目を合わせないこと」などと注意を促すプリントも配られている。

 温暖化など異変が深刻化する地球。人里に現れる猪は、わたしたちの身近な環境にも何か変化が起こっていることを知らせているように見える。森を破壊して生きる人間と山の神々たちの闘いを描いた映画「もののけ姫」の構図が甦る。「イノシシが出た!」と聞くと、森を必死で守り抜こうとした猪神、森繁久彌が声優を務めた乙事主の姿を思い出してしまう。
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 そんな中、1月8日(火)午前、佐世保市日宇町の国道沿い空き地に二頭の猪が出現。車が行き交う町中で佐世保警察署の署員に加え市亜熱帯動植物園職員も応援にかけつけて、捕獲作戦が展開した。麻酔針を使った吹き矢なども試みたが、うまく行かず、金網などを囲みじわじわと追い込み一頭を捕獲成功。しかし、もう一頭は網を突き破って、国道を横断して反対側、白岳町の住宅地に逃走した。

 新年そうそう、昨年の干支による町中の捕獲劇。自然界で何が起こっているのだろう? (睦月)


2008年01月08日

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「元朝の所存」

 
 最後にこの帳面を更新した夜、事件が起きた。

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 人々を襲った恐怖と衝撃に「戦争」の持つ非情さと不条理を感じた。

 後に残ったのは不快でやり場のない虚無感だった。この帳面に町のことを書き記すことも気が進まなくなった。

 そして年が明けた。

 パソコンの電源を入れ、カーテンを開けた。

 軍艦を見下ろす丘から眺める元旦の風景。中腹に点々と佇む民家の瓦が、かすかな雪を積んでいた。

 郵便局のバイクの音が階下に響く。

 玄関鉄扉に備えられた新聞受けから白いビニールに収められた分厚い朝刊を引き抜いた。

 自室に新聞を広げて、煙草に火を着け、ラジカセにCDをセットする。

 普天間移設 沖合移動。穀物備蓄引き上げ検討。次期衆議院選770人超出馬予定。社説「多極化世界への変動に備えよ」。「この国をどうする〜クオリアとは〜」。主人公で生きろ。(創刊50周年へ向けて少年マガジン) 衆議院予想立候補者一覧。原監督3年目の決意。王監督14年目集大成。岡田ジャパン再始動。コースター急停止13人けが……。

 富田勲の「新日本紀行」を聴きながら、朝刊をいつもより丁寧に読んだ。

 子どもの頃テレビの中から流れていた同番組のオープニングテーマは、今も不思議な郷愁へと誘ってくれる。ふだん意識していない日本人のDNAを呼び覚ますような旋律が心地よく身体に染み込んでいく感覚だ。

 新聞を折り、白いビニール袋に戻して起き上がる。「俺は日本人」「あい・あむ・じゃぱにーず」という意識が昂ぶった。澄んだ冬景色の中に、いつもより少しだけ凛としている己の精神を感じた。

 真冬の海にぽつんと浮かぶグレーの軍艦。わたしの約半生がそうであったように、これからの時代を生きる子どもたちにも「戦争」はいらない。

 再び帳面に町の様子と我が心模様を書き記そう。それが元朝の所存だった。 (睦月)