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2007年12月14日

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「トシコシ ソバ〜ヤ♪」

 今年個人的に楽しかったこと、嬉しかったこと? 
 
 何があったかな? 
 
 佐世保で『69』を撮った李監督の『フラガール』がキネマ旬報ベストワンに選ばれ、日本アカデミー賞最優秀作品賞を取った。
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 釜山旅行。ロッテホテル横の「6番」っていう屋台に2晩通ったら、おばちやんがムール貝のスープを振る舞ってくれた。キムチ最高。愉快なおばちゃんだった。


 初めて自分でカーナビ付の自動車を運転した。目的地にぴったり到着する喜びを知った。

 夏、稲佐山スカジャン初体験。気持ちE〜。
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 炎天下の中、息子と娘と蓑傘をかぶって吉野ヶ里歴史公園を探索した。

 ロックバンド「ザ・ロウツ」からさつま焼酎「黒伊佐錦」の一升瓶を頂いた。

 娘がブラックモンブランで1000円当たった。

「100年目のキリンビールを、90年目のささいずみで」という店内張り紙。ラガービールが一段と旨かった。


 地球物理学者、竹内均さんの『宇宙も終わる』を久しぶりに再読した。
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とても旨い東浜産の干しあごに出会って病みつきになった。

 北島三郎が歌った『ジャンゴ』の主題歌にしびれた。

 大宮市場で西海町のおいしいミカンとかぶ漬けに出会った。

 エレカシの歌声が久しぶりにテレビから流れた。ウコンの力だぜ!
 
 スクーターのヘルメットを新調してもらった。 
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 ガリレオの福山VS久米 最終回。
 
 おぉぉぉぉぉぉぉ〜ととと。僕の1年の楽しさって、こんなもんすっかぁ〜。もっとあったんじゃない? 思い出せないよぉ〜。

 でもいいんだ。年末に今年一番楽しみにしていることがあるもん。

 12月19日に発売されるタモリの復刻版CD。僕にとってレッドツェッペリンのレコードを初めて聴いたときと変わらぬ衝撃を与えてくれた名盤、タモリのファーストアルバム、セカンド、サードがなんと紙ジャケで同時発売されるんだ。

 タモリの芸は、高校一年生だった僕に想像を超えた笑いやパロディ、エンターテイメントの面白さを教えてくれた。青春時代、周囲の価値観や常識をぶっ飛ばしてくれた心の支えだったなぁ。
 
 僕にとって、筒井康隆の初期ハードカバーが復刻するのと似たようなものすごいイベント。いや30年目の奇跡、いや30年目のビッグなクリスマスプレゼントなのである。
 
 わ〜い、わ〜い、嬉しいなぁ。今はもう滅多に見聞きできない若き日のタモリの芸が甦るんだぞおう。1人でケラケラ、ニヤニヤ、新年に向けてカウントダウンだ。

 ソバヤソバァヤ♪ ソバヤソバァ〜ヤ♪ トシコシ、ソバァ〜ヤ♪  (師走)


2007年12月13日

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「ライフさせぼとは?」

 
 ライフさせぼとは、長崎県佐世保市市内の情報を紹介しているローカルタウン情報紙です。タブロイド判2色刷りで無料で読むことができ、毎週金曜日発行のウィークリー紙です。

 近年都市圏を中心に大量のフリーペーパーが溢れかえる光景が日常化しました。ネット時代ながら、チラシ広告に代わる紙媒体の戦国時代にも見えます。
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 ライフさせぼは、ミニコミ誌やフリーペーパーという言葉も一般化していなかった昭和52年(1977)に産声を上げました。創刊者がテレビCMのように無料で家庭に届く広告媒体を作ろうと考えスタートさせたのです。

 配布は各家庭への宅配と自由に取っていただく置き配。紙面には商業広告に加え、街の歴史や人物取材、週末を中心としたイベントやショッピング情報、読者の情報交換コーナーなどを盛り込み、地方生活や文化に焦点をおくことにこだわった編集を続けました。
 
 その結果、一般紙の地方面やテレビのローカルニュースにも取り上げられなかった地域性の高い話題やニュース、生活により身近な情報が生まれてくるようになり“街のかわら版”的な存在として親しまれるようになったのです。

 平成元年(1989)“九十九島の景色がある街”をコンセプトに佐世保から見た市外にも視点を広げたカラーB5判の月刊情報誌「99VIEW(ナインティナインビュー)」も創刊。地方の歴史や文化をさらに掘り下げた特集や、オピニオンリーダー的な人物を積極的に取材。中央集中の経済と文化だけでは育めない、地方独自の価値観やライフスタイル、まちづくりなどを発信する新媒体として受け入れられるようになって行きました。

 そして、昨年(2006)に年2回の季刊誌「WeWe(ウィウィ)」が新たにデビュー。この媒体は地方にマッチしたブライダル情報を軸に、佐世保での出会いや結婚生活、幸せを読者と共に考えるローカルカップルマガジンを目指し走り出しました。まだ初々しい次世代向けのフレッシュな雑誌です。

 以上が、15年間紙面づくりに関わらせてもらっている僕が知るライフさせぼの歴史です。どうして今更「歩み」を書き記したかと言うと、ライフの誕生日が12月16日(日)にやって来るからです。ちょうどこの日で30歳を迎えます。

 
思えば、僕が初めてこの情報紙に出会ったのはライフがまだ3、4歳だった80年代初頭。場所は東京都武蔵野市のアパートでした。佐世保から上京したミュージシャンの引っ越しを手伝ったおりに、彼が「こい知っとる? 佐世保におもしろか新聞のあるっちゃん」と差し出したんです。赤いロゴがとても印象的でした。特集記事は「佐世保弁番付表」。東京での旧友再会の席で、お国言葉に盛り上がったのを覚えています。

 まさか、そんな自分が将来、「佐世保弁辞典」や「ドクター佐世保弁」の記事を書いているなど想像もしませんでした。不思議な縁も感じ、創刊30周年の記念日にちなみ、個人的にその歴史を振り返ってみました。 (師走)

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※最後にこぼれ話を一つ書き添えます。地元でよく読まれているタウン紙ですが「ライフ佐世保」と漢字で覚えている人や「ライフ新聞」と口ずさむお年寄りもいます。ところが「させぼ」がなくても「ライフ」で幅広い世代の皆さんに通じる新聞です。ちなみに月刊誌は年配の皆さんに「キューキュー」や「きゅうじゅうきゅう」のニックネームでも可愛がられています。

※最新号12月14日(金)発行のNO.1447は読者のみなさんの想い出などで綴る創刊30周年記念号です。ぜひご覧下さい。

2007年12月11日

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「九十九(くじゅうく)詩人」

  
 一昨日、アルカスSASEBOで羽田健太郎追悼チャリティコンサートを鑑賞した。「天国へ引っ越したハネケンにエールを送ろう!」というテーマで、生前に親交の深かったジャズピアニスト、前田憲男さん等がゲストで訪れスタンダードから、羽田作品、ミュージカルナンバーなどいろんな楽曲が奏でられた。
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 どうして、佐世保市で羽田さんの追悼コンサートが開かれたかと言うと、3年前に西海国立公園50周年記念して市民の生涯学習事業を展開している「させぼ夢大学」という団体が企画・製作した『九十九(くじゅうく)詩人』という歌曲を羽田さんが作曲したのが縁だ。

 全国的に行政などが著名音楽家にイメージソングなどを発注するのは、さほど珍しいことではない。が、この九十九詩人は偶然にも今年他界された羽田健太郎さんと阿久悠さんという日本の音楽シーンに数え切れない業績を残した二人のコラボ作品なのである。

 今年、春には羽田さんは佐世保市、西海パールシーリゾートに建立された記念歌碑の除幕式に元気な姿で列席されていた。

 その羽田さんが九十九島でボートやヨットを楽しみ海や島々にふれて曲をつけ、昭和歌謡を常にリードしてきた作詞家阿久悠さんに詩を頼んだ。CDとして音源も残り、市にとって贅沢な顔合わせで実現した新たな財産が誕生。そして大変貴重な遺作となった。

 さらに、この曲を歌ったのは羽田さんの長女であるソプラノ歌手、羽田紋子さんだ。3年前にアルカス大ホールのステージに立ち、父親が奏でるピアノに美しい歌声を乗せニュー九十九島ソングとして披露した。

 そして今回、真っ白なドレス姿の紋子さんが再び同じステージに登場。亡き父親が九州の西端に残した作品を前田さんのピアノ伴奏で歌い上げた。 

 改めて生で聴いてみて、九十九島というリアス式海岸の自然美を讃えただけでなく、内海の穏やかなイメージがよく表されている曲だと感じた。九十九島はカヤックなどマリンスポーツにも適していて、女性や子ども連れでも安全な岩場が多く、気軽に釣りを楽しめるスポットも人気が高い。
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 点々と広がる緑の島々が天然の防波堤的な役割も持っていて、1年中穏やかなのが特徴だ。荒々しい波が打ち寄せる外海と違い、どちらかと言えば母親のような包み込む優しさを持つ女性的な海……それが九十九島だ。

 紋子さんが歌う九十九詩人のメロディと歌詞には自然と人を調和させるような優しさに満ちていた。ステージトークで紋子さんは、今年、出産して母親になったことを告げた。母になったソプラノ歌手の豊かな歌声は九十九島の波や風のような心地よさをホールいっぱいに響かせ、観る者を安らかな海へと誘いだ。

 人のぬくもりや想い出、別れを九十九島の情景に綴った3番の歌詞は、自然を愛しむ心に普遍的な人間愛を描いてあるようにも思え、二人の故人が次世代へ託したメッセージのようにも聞こえた。

 そんなステージを見守るというより、一緒に参加しているかのような楽しそうな面影を残す遺影がステージ壁面に大きく映し出されていた。音楽で人々に幸せを届けてきた音楽家らしい素敵な笑顔(コンサート)だった。 (師走)

2007年12月05日

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「九十九島(くじゅうくしま)♪」

 
 今度は三橋美智也が歌ったという「九十九島」というレコードが出てきた。水前寺清子が歌った「佐世保ばやし」の記事を読んだ読者の方から、「うちに九十九島というレコードがあった」と一報が入った。

 前回「佐世保ばやし」の原盤を教えてくださった黒髪町のTさんに続き、またまた黒髪町にお住まいの方、Mさんからだった。ジャケットを見ると1980年にプリントされたもので比較的新しい。アンコールシリーズと記してあるので、再販企画もののようだ。「踊りつき」という帯文字がなんとも味があるジャケットだ。B面は「長崎ぶらぶら節」が収録されていて、歌詞カードには確かに振付図解書も添付されている。

「佐世保ばやし」にも振付ガイドが添付されていた。今のように娯楽が豊富ではなかった時代、盆踊りや日本舞踊などで踊れる民謡調の曲というニーズが、このようなご当地ソングが生まれる背景にあったこことが伺える。

 Mさんはカセットテープにダビングまでしてくださった。ラジカセで聴いてみると、やはり盆踊りテンポで、♪平戸佐世保にヨ 切なく聞こえたヨ アー サイ サイ 九十九島の音〜などの歌詞が歌われている。間違いなく西海国立公園くじゅうくしまを舞台に描いた一曲である。
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 前回の調べで、かつて「九十九島せんぺい」のCM曲として三橋美智也が歌った「九十九島」という曲が使用されていたという資料を発見した。この曲がせんぺいのCMに流れていたのだろうか?

 昨年わたしがプローデュースした佐世保市のミュージシャンによるオムニバスCD「MUSIC ISLAND99♪」の参加ミュージシャンの1人、長野友美嬢(元ともぞう)は、この音源の存在を知ることももなく、同タイトル「九十九島」という「美しき天然」へオマージュを捧げたワルツテンポの弾き語り超大作を完成させた。

 ミディレコードから初アルバムを発表するために現在京都に住みレコーディングなど準備をすすめている長野友美嬢に電話で、「過去に九十九島というご当地ソングが作られていたぜ!」と連絡すると、「誠でござるか。それはびっくりでござる。是非聴いてみたいものでござるなぁ」とたいそう驚いた。今度、Mさんにいただいたカセット音源を郵送してやろうと思う。

 今度はミッチーが歌った九十九島が出てきた…と呟くと、事務所の女子が「えっ!!」と反応した。どうももう1人のミッチーという有名人を想像したようだ。 (師走)

 
※今月8日(土)発行の月刊誌99VIEW12月号で『田中穂積からサンディトリップまで 歌い続けられる九十九島』の特集記事を書きました。三橋美智也が歌った『西海の火祭り音頭』の写真や内山田洋とクールファイブのヒット曲『西海ブルース』の作曲者、尾形よしやすさんのインタビュー記事なども掲載しています。

※サンディトリップが作った九十九島イメージソング『風音(かざおと)』は、パールシーリゾートに続きJR九州にも気に入られて、12月1日から始まった『佐世保キャンペーン』に使用されています。福岡発のみどり号が佐世保駅に到着した際にホームに彼らの音楽が流れているそうですよ。

2007年12月02日

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「佐世保ラーメン伝2」

 いきなが、しょうもん、しょうくらべ、こうさんのセッ!!

40歳以上の佐世保出身者、特に男子には懐かしい響きを持つかけ声だと思う。佐世保独楽は今は伝統工芸品としての知られているが、かつては子どもたちの屋外玩具として大活躍したアイテムだ。バットやグローブと同じく、子どもがいる家庭の玄関に無造作に置いてあった人気者である。

 この佐世保独楽はラッキョウ型というボデイに剣を備えた投げゴマで、基本は回転時間を競う。「どのくらい回るか勝負しょうぜ!!」と言う、勝負開始の口上のようなもので、漢字で書くと「息長勝門勝競べ」だと言われている。

 ラスタカラーも思わせる独楽上部の赤、黄、緑、黒の鮮やかなデザインが印象的。ベイブレードはもとより、PSもDSもWiiもない時代、独楽の息を競うだけでなく、剣を相手のボディに投げつけ、傷をつけたり割ってしまうという「喧嘩独楽」というリアルでワイルドかつスリリングな闘いも佐世保独楽の醍醐味だったのである。ramen01JPG.JPG

 この歴史ある独楽のデザインがほどこされた器で食べるラーメンが、この秋登場した。その名はズバリ「佐世保ラーメン」。大阪屋の二代目、新郷社長が考え出した新たなる佐世保ラーメンだ。

 同店では、古くから職人たちがまかない料理として“ラーチャン”という物を食していたらしい。長崎と言えばチャンポンのメッカ。佐世保市のラーメン店では、当然といっていいほどメニューの中にチャンポンがラインナップされている。そこで、大阪屋の職人たちは、ラーメンの麺を使ったチャンポンを作ってその味を密かに楽しんでいたようだ。

 新郷社長は、佐世保は長崎と?岡の中間に位置する場所という大胆な発想で、両市の代表的食文化であるチャンポンとラーメンを融合を目指し、この新メニューの開発に取り組んだ。

 単なるまかない料理から、進化させるべく、試行錯誤を繰り返した。レシピはチャンポンと同じ。麺とスープはラーメンのものを使用。麺と野菜や肉とスープの絡み具合がポイントだったようだ。豚肉は西海市から取り寄せた無菌ポークが一番愛称がよかったということで採用になったと言う。ramen0013.JPG

 チャンポンと同じく野菜など具は盛りだくさん。仕上げに添えられた刻み唐辛子の色合いもよく見た目も食欲をそそる。スープはとんこつベースで「しょうゆ味」と「みそ味」の2種類が用意された。

「はい。お待たせしました」とテーブルに運ばれた佐世保ラーメンはどんぶりのフタをかぶっている。このフタこそ佐世保独楽の絵柄である。「もっと佐世保らしく」という社長のこだわりから、波佐見町の窯元に特注で焼いてもらった手作り陶器。フタを外すと美味しいそうな湯気が立ち上る。器を覗くと白い縁部分には西海国立公園九十九島(くじゅうくしま)の絵柄も描いてある、という佐世保づくしの一品なのである。※せっかくの独楽デザインのフタながら、食べる時は普通裏返されるので、運んでこられた瞬間しか愛でることができない。なんとも贅沢な器でもある。

 チャンポンか? ラーメンか? 九州の味を一度に楽しめる新商品は口コミなどでなかなか好評。個人的にはまず「しょうゆ味」から楽しんでみるのをおすすめしたい。

 

 このように昭和20年代に幕開けした佐世保のラーメン文化は今もまだ進化を続け、現代人の口に合う旨さを追い求めているのである。
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 昔、戸尾町の武駒ビルにあった(開発のため、いーぜるやマザーズなどとともに立ち退きになった)ファンキーなマスターで有名な人気ラーメン店「あごらーめん」もシューズセンター通りに先月から復活。平戸の名産「焼あご」をベースにした、あのヘルシーな味が再び夜の街で楽しめるようになった。


 お栄さん、お富さん、草木ヶ原、喜楽、有紀、丸徳、三河屋、末広、観音横町、まるに、黒髪、きたろう、笑ちゃん、味楽、ばってん、力麺……などなど中心街にもいろんな佐世保ラーメン店が点在している。寒い冬場に暖簾を潜り、お好みの佐世保ラーメンを探してみてはいかがか。〈了〉 (師走)