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「本当にあったトホホな話6」

第6話  〈身代わり地蔵〉※第5話からの続き

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 家路へ向かう早朝のタクシーの中で、携帯電話がぶるるると振動。ヤヨ様からです。「路上居眠り」「財布紛失」の状況を手短に説明したところ、最後に立ち寄った居酒屋の会計時に「ここは、わたくしが払います」「いやいや、わたくしが」という、よくあるやりとりがあったそうでございます。その時まで、わたくしはストーンズベロ印の財布を持っていたと言うことでした。結局、そこではヤヨ様が支払いを済ませたそうでございます(もしかすると、わたくしはこの時、自分が支払おうとして財布から一端取り出した紙幣を、胸ポケットに収めたのかもしれませぬ)。

 また、店を出てから、わたくしが、しっかりした足取で戸尾方向に向かって歩く姿をヤヨ様はタクシーの中から目撃したと教えてくれました。「あ〜、しばらく歩いてタクシーを拾うんだろうなぁ」と思ったそうです。どうもその直後、わたくしは一休みするつもりだったのか、京町バス停のベンチに腰を下ろしてしまったと思われます。

 午後、最後の居酒屋へ望みを託して電話。昨夜、レジや出入り口付近で財布の落とし物がなかったか尋ねてみましたが、ここにもありませんでした。結局京町交番で紛失届けを提出した財布は出てきませんでした。
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 この情けない顛末を、現在京都で暮らしている、わたくしが心の革命同士と仰いでおります、詩唄い楽士のともぞう殿(長野友美嬢)へ電文したところ次のような励ましとも説法ともつかぬ返文がございました。まことに意味深く、詩情あふれる内容で、何度も噛みしめながら読みなおした次第であります。その受信電文をそのまま写し記したいと思います。


        ※以下〈ともぞう殿からの電文〉
 
 
 慰めにはならぬかとは思いまするが、身代わり地蔵というものでありましょう。御身、もっとでかい大事なものを失っておられたやもしれませぬ。
 
 いや冗談でも大袈裟でもなく、またポジティブシンキングなんてナマな思考方を勧めておるのでもなく、ひどい損失を得た時というのは己の運、すなわち先祖の守りが、さらなる災厄より救いたもうた時でありまする。身代わり地蔵でござりまする。

 そつなくお利口に飲んで帰れなかった夜に乾杯。物書き、記者の魂の遊鬼に乾杯。秋の入口の、ほんの隙間に冴え冴えとした夜があり、私もうっかりはまってしまいました。お金もないのに、ひとりで飲みに行き、ばったり会った知り合いに、おごりで飲ませてもらいました。その知り合いも、どこか冴え冴えとした影を背負っていて、あぁこれが秋がやって来るって訳かと思いました。

 朝の七時に「治外法権」という店が閉まるまで、レコードを聴きながら時折、呟くように語りながら、赤茶けたチンザノロッソを飲み続けていた、そんな夜がありました。安らかに眠る人々がある中で、そんな夜に呼ばれる人もいるのでしょう。

 彼らの心が夜更けの木屋町の看板に火を点し、京町、山県町のネオンの下に呆っと立ちつくしております。しゃがみこんだまま動かぬ人、不器用なシュプールを描いて歩いていく人、無人のコインランドリーでは路上生活者が重ね着する服を物色している。私は油断して風邪をひきました…。

 地球屋が楽しみです。それではお体気をつけて、秋の玄関口で会いましょう。(了)

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※実はともぞう殿は、その十日後になります十月八日に急遽、京から我が藩に戻られ「地球屋」を会場に楽会をお開きになりました。京の都で腕を磨かれたお姿をひと目拝見したかったのですが、定刻にたいそう遅れまして、足を運ばずじまいになってしまいました。電文、電話にて詫びようとも思ったのですが、どこかいい訳じみた伝達になるのが、歯がゆく、そのまま時間が過ぎ秋の玄関口は逃げてしまいました。

 遅くなりましたが、ここでお礼を一言。「身代わり地蔵」のおかげで、わたくしは大村試験場で免許再交付、親和銀行でカード再発行を済ませ、支障なき日々を送っております。近々、図書館カードや歯科診察券の再発行したいと思っております。ともぞう殿の言われる「身代わり地蔵」に感謝しております。ありがとうございました。〈完〉   (神無月)