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2007年10月29日

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「本当にあったトホホな話6」

第6話  〈身代わり地蔵〉※第5話からの続き

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 家路へ向かう早朝のタクシーの中で、携帯電話がぶるるると振動。ヤヨ様からです。「路上居眠り」「財布紛失」の状況を手短に説明したところ、最後に立ち寄った居酒屋の会計時に「ここは、わたくしが払います」「いやいや、わたくしが」という、よくあるやりとりがあったそうでございます。その時まで、わたくしはストーンズベロ印の財布を持っていたと言うことでした。結局、そこではヤヨ様が支払いを済ませたそうでございます(もしかすると、わたくしはこの時、自分が支払おうとして財布から一端取り出した紙幣を、胸ポケットに収めたのかもしれませぬ)。

 また、店を出てから、わたくしが、しっかりした足取で戸尾方向に向かって歩く姿をヤヨ様はタクシーの中から目撃したと教えてくれました。「あ〜、しばらく歩いてタクシーを拾うんだろうなぁ」と思ったそうです。どうもその直後、わたくしは一休みするつもりだったのか、京町バス停のベンチに腰を下ろしてしまったと思われます。

 午後、最後の居酒屋へ望みを託して電話。昨夜、レジや出入り口付近で財布の落とし物がなかったか尋ねてみましたが、ここにもありませんでした。結局京町交番で紛失届けを提出した財布は出てきませんでした。
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 この情けない顛末を、現在京都で暮らしている、わたくしが心の革命同士と仰いでおります、詩唄い楽士のともぞう殿(長野友美嬢)へ電文したところ次のような励ましとも説法ともつかぬ返文がございました。まことに意味深く、詩情あふれる内容で、何度も噛みしめながら読みなおした次第であります。その受信電文をそのまま写し記したいと思います。


        ※以下〈ともぞう殿からの電文〉
 
 
 慰めにはならぬかとは思いまするが、身代わり地蔵というものでありましょう。御身、もっとでかい大事なものを失っておられたやもしれませぬ。
 
 いや冗談でも大袈裟でもなく、またポジティブシンキングなんてナマな思考方を勧めておるのでもなく、ひどい損失を得た時というのは己の運、すなわち先祖の守りが、さらなる災厄より救いたもうた時でありまする。身代わり地蔵でござりまする。

 そつなくお利口に飲んで帰れなかった夜に乾杯。物書き、記者の魂の遊鬼に乾杯。秋の入口の、ほんの隙間に冴え冴えとした夜があり、私もうっかりはまってしまいました。お金もないのに、ひとりで飲みに行き、ばったり会った知り合いに、おごりで飲ませてもらいました。その知り合いも、どこか冴え冴えとした影を背負っていて、あぁこれが秋がやって来るって訳かと思いました。

 朝の七時に「治外法権」という店が閉まるまで、レコードを聴きながら時折、呟くように語りながら、赤茶けたチンザノロッソを飲み続けていた、そんな夜がありました。安らかに眠る人々がある中で、そんな夜に呼ばれる人もいるのでしょう。

 彼らの心が夜更けの木屋町の看板に火を点し、京町、山県町のネオンの下に呆っと立ちつくしております。しゃがみこんだまま動かぬ人、不器用なシュプールを描いて歩いていく人、無人のコインランドリーでは路上生活者が重ね着する服を物色している。私は油断して風邪をひきました…。

 地球屋が楽しみです。それではお体気をつけて、秋の玄関口で会いましょう。(了)

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※実はともぞう殿は、その十日後になります十月八日に急遽、京から我が藩に戻られ「地球屋」を会場に楽会をお開きになりました。京の都で腕を磨かれたお姿をひと目拝見したかったのですが、定刻にたいそう遅れまして、足を運ばずじまいになってしまいました。電文、電話にて詫びようとも思ったのですが、どこかいい訳じみた伝達になるのが、歯がゆく、そのまま時間が過ぎ秋の玄関口は逃げてしまいました。

 遅くなりましたが、ここでお礼を一言。「身代わり地蔵」のおかげで、わたくしは大村試験場で免許再交付、親和銀行でカード再発行を済ませ、支障なき日々を送っております。近々、図書館カードや歯科診察券の再発行したいと思っております。ともぞう殿の言われる「身代わり地蔵」に感謝しております。ありがとうございました。〈完〉   (神無月)

2007年10月26日

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「佐世保に緒形拳」

 今週火曜日にアルカスSASEBOで緒形拳のひとり舞台「白野」を観劇しました。僕が緒形拳さんの顔を初めて見たのは幼児の時に放送されていたNHK大河ドラマ「太閤記」の秀吉役だったと思います。

 その後、中学校から高校でよく邦画を観るようになって、スクリーンでたびたびその姿を拝見するようになりました。「砂の器」「鬼畜」「八甲田山」……やはり高校生の時に観た「復讐するは我にあり」の犯人役の印象が最も鮮烈で、緒形拳という名前を覚えるきっかけになった作品でした。

 その後も「家宅の人」など、いろんな作品を観てきました。実にさまざまな役柄を演じておられますが、主役でも脇役でも氏の姿がスクリーンに写し出されるだけで、次第に不思議な安心感を覚えるようになって行きました。

 善人を演じても悪人を演じて忍者や刑事を演じても、その役柄より緒形拳という1人の人間を観ている安堵感を先に感じるようになったのです。僕の勝手な思い込みですが、どこかひょうひょうとしていて、茶目っ気があり、鋭くて怖い……その人間くささがかっこいいんです。もちろん映像を通じて勝手に抱いたイメージですが、ロックンローラーみたいな「粋」な、かっこよさを長年感じながら見てきた役者さんの1人です。
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 そんな緒形さんの生の舞台を佐世保で観ることができる絶好の機会が到来。新国劇のことや原作「シラノ・ド・ベルジュラック」も不勉強ながら足をはこびました。
 
 暗めの背景に、真っ白な布が垂れ下がり、緒形さん直筆と思われる「月」とい書文字が描かれただけのシンプルな舞台。チェロの生演奏とわずかな効果音だけ、凛とした空気が張り詰める中、侍姿の主人公が登場。衣裳もメイクも替えずに1人でヒロインまで5役も演じるたったひとりの人物。その動作と台詞に、物語の中にぐいぐい引き込まれていきました。
 
 落語の話術も思わせる言葉の妙、「月」と描かれた垂れ幕が、月夜に見えてくる視覚効果、空間や間……古典芸能も思わせる日本的な「美」や「風情」といった世界観も持った作品だと思いました。

 年齢を積み、無駄な力を削り落としたようなスタイリッシュな芝居に、緒形さんご自身の人生もダブって見たような気がします。古稀を迎えたとは思えない役者の放つオーラは、僕にとって今も間違いなく「かっこいい」ままでした。それは、例えば60歳過ぎても、ひょうひょうとギターをかき鳴らしているキースリチャードの
ような、「男の心意気」を秘めた、かっこよさなのです。

 公演終了後に、緒形さんのブログを拝見してみると、佐世保滞在中に撮影された
夜景やイワシ、海軍さんのビーフシチューなどの写真がアップされていました。この街を訪れた白野弁十郎が残した置き土産みたいで、笑みがこぼれる、嬉しい写真でした。    (神無月)

2007年10月19日

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「本当にあったトホホな話5」

第5話   〈トッケン〉 ※第4話からの続き 
 
 
 九月二十九日、土曜日、午前五時半過ぎ。空は明らみ、国道の車輌もヘッドライトを消灯。往来が少しずつ増し、一日の始まり風景に転じております頃、わたくしは独り京町バス停留所の赤いベンチに腰かけて七星特別仕様薄味を胸ポケットから取り出しました。ありゃ……なんだこりゃ? ポッケの中に紙の手触り。なんと紙幣でございます。折り曲げたお札が二枚。計一万一千円が突如、出て参りました。わたくしはマギー司郎か? ゼンジー北京か? はたまた酔うて意識をなくした約二時間の空白に困惑しながら、ぷかり、ぷかりと名曲『浮雲男』を思い出しながら、煙を吹かしておりました。

 ここで、ターボさん登場。「なんしょっと〜」と、優しい笑みは、その時のわたくしには天使の微笑みにも感じられました。記憶のある範囲で状況を説明すると、ターボさんは、最後に出た大型居酒屋店からベンチまでのわたくしの足取りを再検証。もし、財布だけ何者かに抜き取られたとしたら、と戸尾市場の公衆トイレあたりまで、沿道の花壇やゴミ箱類を捜索してくれました。その姿は名探偵金田一耕助のようでもありました。「なかね、交番に行こう!」ということで、二人で京町交番に向かいました。

 佐世保一の歓楽街である夜店公園通りの一角に位置するこの交番。なぜか地元のでは“トッケン”の異名で呼び親しまれております。由来は、その昔ここに“特別憲兵隊”があったから、と聞いたことがありますが、確かなところは存じません。ただ現在も「トッケンの所まで」とタクシー運転手に告げれば、ちゃんと到着いたします。tototo.JPG

 一人の飲兵衛の愚行に早朝より四、五名の警察官が対応してくださいました。状況説明したところ、この場合は盗難届けでなく紛失届けが妥当だろうということになりました。「どんな財布でしたか?」「いくら入ってました?」と質問が繰り返されます。財布はワイワイ貿易でシャレで購入したローリングストーンズのベロデザインでしたので「黒い布製で、ローリングストーンズのベロがいっぱいプリントされています」と返答。「!?えっ…あっ、ローリングストーンズ柄ですね」と警察官。給与が支給されたばかりで、必要な現金を全部入れておりました。いつもは二、三千円しか入っていない薄っぺらな財布、昨夜に限って約五万円も入っておりました。飲み代にいかほど使ったか? 胸ポケットから出てきた裸札をさし引き「まだ三万円近くは入っていたと思います」と返答いたしました。

 己の不始末でありますので、現金は諦めるしかありません。が、自動車免許証、保険証(健康保険被保険者証)、キャッシュカード二枚、歯科の診察券、佐世保市立図書館カードほかビデオレンタルカードやポイントカード各種が一緒に入っていたのが心配でございます。そうです。本日よりわたくし車も原付自転車にも乗ることができなくなる訳でございます。トホホのホ。これは困った不自由ですぞぉう。週明けから仕事ができないではありませんか。お〜神よ、どうか免許証、カード類だけでも出てきますように。とお祈りしているうちに紛失届けの書類が完成。ターボさんと京町交番を後にしました。

 時刻はもう六時を過ぎております。爽やかな土曜の早朝。意気消沈+酔い疲れを背負って再び現場へ。市場ではシャッターが開く音が聞こえて参ります。もしや最後のお店で置き忘れ、落とし物の恐れも考えられますが、もうとっくに閉店しております。本日夕方にも電話で確認してみようということになりました。

 それにしても、なぜ胸ポケットに一万円一枚と千円一枚が入っていたのか? 謎は深まるばかり。連れのヤヨ様の記憶も大事になってまいりましたが、まだ連絡がとれません。幸いにもこのお金で十分タクシーには乗れますが、このまま家路というのも、なんだか後味が悪く、わたくしは「ターボさん朝市に行かん!」と一声かけました。「あいよ、よかよ」といつもの調子で明るく応えてくれました。

 水揚げされたばかりのウチワエビやカニが蠢く姿、茄子や南瓜、牛蒡…。高島ちくわ、スボ…。屋台に立ち上る鍋の湯気…。いろんな食材と働く人々の動きを見ているうちに、少し気分が紛れてまいりました。そうだ。♪ぼくらはみんな生きている、生きているから笑うんだ〜みたいな気分が甦ってまいりました。「朝飯食おうか!」「おぉ、よかよ」朝の空気に映える赤文字の「めし」という暖簾。よしだ食堂にレッツ・ゴー。ターボさんはアジの開き定食、わたくしは、豚汁定食を食しました。

 タクシーでターボさんをお店に送り、いよいよ自宅へ帰還。車窓から街並みをぼんやりと見つめるわたくしの頭の中では、なぜか『本日、未熟者』のサビメロがリフレインで流れていたのでございます。〈つづく〉

2007年10月15日

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「ライブ・映画・芝居」

 12日(金)夜、ガァネトにてオトヒトツ、ハウリングセッタのライブ観る。

 13日(土)夕、アルカスSASEBOにてアジア映画祭「玲玲の電影日記」観賞。
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 14日(日)朝、アジア映画祭「恋しくて」観賞。うどん食って、劇団「楽園天国」公演「ケモノミチ」会場へ。ターボさんとハウリン伊達丸も来場。一緒に観劇。夕、伊達丸とアジア映画祭「トンマッコルヘようこそ」観賞。駅前で伊達丸と喫茶。「恋しくて」「トンマッコルヘようこそ」、音楽について談義し過ぎて「パッチギ!LOVE&PEACE」の上映に間に合わず。映画祭担当者のイトさんに挨拶して帰宅。煮干し、麦酒。

「恋しくて」優良。地方生活の息吹輝く。我らの足故郷の地にしっかりと!
「トンマッコルヘようこそ」韓国高水準。やや「もものけ」場面有り。日本映画負けるなよ。
「ケモノミチ」演技良。恋愛、都市伝説の絡みやや不安定か?
「オトヒトツ」歌良。佐世保の新たなる香りになるか?
「玲玲の電影日記」映像良。切ない。
「ハウリングセッタ」もっとゆけ。多勢の通らぬ道を突き進め。  (神無月)

2007年10月13日

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「本当にあったトホホな話4」

第4話  〈こちら現場です〉

 
 九月二十八日の金曜日のことでございます。い〜ぜるで夕暮れ時から麦酒二本を飲んで、宴会の席に合流。がんがん酒をあおってお開き。二次会本体組と別れ、物書きのヤヨ様と「あと一軒参りましょうか!」と、南国食堂「地球屋」へ。するとうた唄いのMayumi嬢など顔見知りがおりまして、たいそう盛り上がり、ここでも麦酒ガンガン。

 続いて、ターボさんの音食亭へ。わたくし、また麦酒。ヤヨ様は噂のスープカレーチャンポンを初食、「あ〜ら美味しい。野菜いっぱいで菜食者の私にもぴったりですわ」とご満悦。とっくに午前零時を回っておりましたが、酔っぱらいの話は尽きず、「へぇ〜」「そうですかぁ」とヤヨ様も元気相づち打って付き合って下さいました。

 はて?わたくしはいったい何リットル程の麦酒を腹の中に注入したのでございましょう。ふだんは発泡酒、飲みに出ると本物の麦酒がぶがぶでございます。レギュラーガソリンを入れている車がいきなりハイオク満タン! と同様の状態だったのでしょうか、酔い冴えわたり、なかなか帰ろうという思考が働きませぬ。

 ターボさんの店を出て路地をしばらく歩き国道沿いに出てきた所で「おう、まだ開いている酒屋がありまするぞ!」と京町バス停近くの大型居酒屋店に入店。ヤヨ様ウーロン茶、わたくし麦酒でしめ。しばし雑談して「いや〜今宵は楽しゅうございました」とお別れすることに。ところが時間の感覚もなくした飲兵衛の記憶は、居酒屋を出てヤヨ様がタクシーに乗ったところで途絶えてしまったのです。

 目が覚めると、まず視界に飛び込んだのは高い天井。おぉぉ〜!? ここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここ、は?どこやぁ〜? 知り合いの家とかサウナとかで目を覚まし、一瞬戸惑うのとはまったく違うスケールの光景にここは部屋じゃないと直感。天井に見えたのはなんとアーケードの屋根であります。呆然として周囲を見回すと「もち吉」という看板が……。

 なんたる不覚。わたくしは京町バス停辺りの路上で寝入ってしまったのであります。慌ててポケットの携帯を取り出してみるとなんと午前五時過ぎ。!? 冷や汗というか、生温かい汗が全身に泡立つ不吉な気分に包まれます。


 あ〜、やってしまいました。これはキツネにばかされたか? 飲兵衛一生一大の不始末。わたくしは一体何時間寝てしまったのでありましょう? おっ、マイバッグがない。立ち上がりもう一度辺りをゆっくり見回すと、ありました。ありました。わたくしのバッグがあんな所に。数メートル離れたバス停ベンチに黒い鞄がぽつりと置き去りになっております。いやいや、急がねば、もう朝でございます。早う帰らねば。とバッグを手に取り、タクシーに乗ろうとバックの中に入れておりました財布を捜しますが、あ〜恐ろしや。何度探しても財布だけ見当たらないのでございます。
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 とりあえずヤヨ様へ電話。留守電でございます。「…、起きたら、バス停で……財布がなくて…」あぁ〜何を意味不明の台詞を爽やかな夜明けにぼそぼそと呟いておるのでしょう。あわれなオヤジでございます。あ〜れぇ〜!? どうしましょう!! どうしましょう!! わたくしは何というお馬鹿さんでございましょう。独りベンチに腰掛け携帯電話をいじりながら、地団駄踏む思いで、己の心に「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」と雄叫びを上げながら、リダイヤル履歴を見て愕然としてしまいました。
 
 ヤヨ様へ発信したつもりが、電話帳の一つ上に登録されていたまったく今宵の出来事に関係ないNさんの携帯へ発信してしまっていたのです。もし再生されたら、早朝に届いた薄気味悪い男の声にきっと気味悪い思いをされるでしょう。こうやって、わたくしは友人知人をなくしてしまう愚か者に成り下がるのでありましょう。何という間抜け。なんというボケナス野郎。

 気を取り戻し、ターボさんへ電話してみると。ツルルルルン!ツルルルルン!の呼び出し音のあと、「お〜い、なんしょっと?」と元気な声が返ってきました。「あぁ〜ターボさん起きとったと?」「うん、今から寝ようってしよった」事情を話すと少し笑いながら「君はおもしろ過ぎばい! 今からそっちに行くけん」と駆けつけてくれることになりました。〈つづく〉

※とある一人の飲兵衛が去る九月二十九日、土曜日未明にとんだ不始末を起こしてしまいました、こちらがその現場です。戸尾市場につながる国道沿に位置するこの場所は昼間は買い物客などで賑わいを見せますが、歓楽街から道路を隔てておりまして深夜になると人影もまばらになると言うことです。タクシーも停車しますが、沿道に花壇なども並んでいてドライバーからは死角になる、ちょうどこのベンチの当たりで飲兵衛は、昏睡状態になったものと思われます。以上現場からでした。      (神無月)

2007年10月11日

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「佐世保のアジア映画祭」

 
 ライフさせぼ連載の「亜細亜的電影談07」も本日発行号で終了した。いよいよ12日(金)より「アジア映画祭Vol.7」が開幕。電影談のパートナー、醤(じゃん)キエロ氏はアルカスSASEBOイベントホールの灯光室で3日間、全6作品、計9回上映の映写技師も担当する。プルグラムを組み、作品について熱く語り、当日は自ら映写……。彼自身がまさに「醤醤の電影日記」といえる映画祭でもある。

 そんなキエロ氏の言葉を電影談対談記事の中から抜粋して紹介しておこう。
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■トンマッコルへようこそ■ (9/14号)
「ファンタジーですが、その中に日本人の原風景と言える“村”のあたたかみが実によく出ています。雑誌ブルータスなどで、よく田舎暮らしの特集を組むでしょう。都会に暮らす人は、この映画のような安らぎやあたたかさに飢えて居るからだと思います」

■パッチギ!LOVE&PEACE■ (9/21号)
「井筒監督はライフワークとして、どうしてもこの作品を撮らなくてはいけなかったんでしょうね。監督自らまさに頭突きしまっくて、タブーと闘っている感じで、いろんな意味で日本人にとって“痛い”映画だと思います」

■女帝〜エンペラー■ (9/28号)
「はい。最近輸入食品はやばいが、映画は安心して輸入していいと思います。韓流ブームの影でちょっと静かな感じがしていましたが、確実にクオリティの高い作品を世に送り出しています」

■玲玲の電影日記■ (9/28号)
「この手の映画に、あらすじは禁物。泣きたい方はぜひご来場くださいとしか言えません」

■時をかける少女■ (10/5日号)
「クオリティの高いジャパニーズアニメなので、もう一度スクリーンで観ておくべきです」

■恋しくて■ (10/12号)
「基地の街という共通点があるからか、音楽のバックボーンが非常に佐世保に似ているんです。佐世保って人口の割にバンドやストリートミュージシャンが多いじゃないですか。ジャズの歴史もあるし、ダンスにしても都市圏でしか体験できないアフリカンやサルサ、ベリーなどをいち早く取り入れるひとがいる」


※アルカス・アジア映画祭は10月12日(金)〜14日(日)まで3日間開催。
当日券は1作品観賞券1,200円 3作品観賞券2,200円

 13日(土)午後7時からの「恋しくて」は、上映終了後に中江裕司監督と出演者の平良とみさんのアフタートークもセットで楽しめる。沖縄のおばぁが何を話して聞かせてくれるかも超お楽しみだ。 (神無月)

   

2007年10月09日

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「古武術に感じたこと」


 椅子から立ち上がるとき「どっこしょ!」と無意識に声を出す。なぜだろう?
その理由が昨日少し分かった。どうも部分的に力を集中し過ぎて無理して立ち上がろうとしているようだ。「起き上がる」「座る」「坂道を上る」「荷物を持つ」「身をかわす」……わたしたちの日常の動作には、本来疲れにくく効率性のよい身体能力が備わっていたそうだ。にもかかわらず、現代人は機械化などで体を動かすことが下手になり、優れた能力を失ってしまっているという。

 そういう優れた身体感覚を取り戻そうと研究、提唱を続けている古武術研究家の甲野善紀さんが、佐世保市武道館を訪れ、市民に講習会を開いた。音楽イベント情報サイト「させぼらへん」を運営している平田雄志さんが世話人となって、佐世保に招き今回で10回目の講習会だ。サッカーやバスケット、柔道などスポーツに親しむ人、介護関係の仕事に携わる人、会社員、主婦など受講生の顔ぶれは実にさまざまだ。
kobujixyuJPG.JPG 古武術を探求しながら、かつての日本人の優れた体の使い方を研究して生み出した独自の技法と論理は、各界から注目されるようになる。桑田投手をはじめ、数多くのスポーツ選手、演奏家、舞踏家など幅広いジャンルでその身体技法をヒントとして活用する人が増えた。近年は、介護や医療現場、人間工学、経営の分野からも相談が増え、NHK教育テレビ『暮らしのなかの古武術活用法』などメデイアを通して、一般市民にも広く知られるようになった人物だ。

 この日の講習会では、椅子に座った人を立たせる、ベッドから落ちた人を戻す、腕の力を使わず引っ張り上げる、倒れたときにケガをしない受け身など、いろんな技法を紹介。受講者から「お〜う」と驚きの声が耐えなかった。見学しながら、全体的にいかに余分な力を分散させ全身運動に変えるかという技法といった印象を受けた。

 平田さんの計らいにより、休憩時間に甲野さんと少しだけ話をすることができた。「科学にも限界があることを感じて欲しい。科学は一つの方法にすぎません。人間の複雑な動作もあまりに科学的に考えることで逆に体を悪くしているケースもたくさんあります」写真やテレビで拝見する道着姿に、つい武術家、武闘家というイメージを持ってしまうが、甲野さんは闘いや護身のための武術を伝授している師範ではないのだ。スポーツ選手にも負けない自然にマッチした基本動作を講習や多数の著書で伝えている研究家なのである。「時代が複雑になればなるほど、すべてマニュアル化されていくことに危機を感じます。自分の頭で考えることを忘れてはいけない」という言葉が心に残った。

 組織や企業を一つの身体と考えると、全身のバランスが崩れているような出来事が多い。トップだけが力んでも平社員だけが力んでも一部に負荷がかかるだけで、優れた身体能力は発揮できないのかもしれない。甲野さんが目指す古武術とは「武術」ではなく人生を豊かにする「学問」なのかもしれない。(神無月)


2007年10月07日

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「合同還暦式」

7107.JPG 平成19年10月7日(日)、ここ佐世保市で「成人式」ならぬ「佐世保市合同還暦式」という初めて耳にする式典が開かれた。還暦と言えば、60年で再び生まれた年の干支に還るお祝いの年。赤いチョッキなどを羽織って、家族や親類縁者で「おめでとう!」と60年間の労をねぎらうのが常である。が、なんとアルカスSASEBOの大ホールに一堂に会し合同でセレモニーを開催するというユニークな企画だ。

 これは行政が仕かけたイベントではなく、昭和22年生まれの人々が、1年前から「昭和38年卒業佐世保市内中学校連合同期会」といチームを結成して準備を進めてきた市民による手作り大同窓会である。会場には「セカンド・ステージ・キックオフ」とバックプリントした赤いTシャツを着た約100名の実行委員会メンバーたちがスタンバイ。卒業校別に受付を行いホールに1000名を越す60歳が県内外から集まった。
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式典では花園中学校卒業生の女優・白川和子さんをはじめ3名の同期仲間が講演。佐世保市の60年を映像で振り返る「60年の歩み」の上映、アトラクションなどで構成。この趣旨に賛同した歌手の、さだまさしさんからビデオメールも映し出されるサプライズ企画もあり、さださんの「還暦を機会に何かを起こそうという気持ちに感激しました。長崎、佐世保から始まるのが嬉しい。60になったら還暦式に出るぞ!この一歩は実に尊いものだと思います」という応援メッセージに熱い拍手が湧き起こった。

 昭和22年に佐世保に生まれた人は約7200人。いわゆる団塊の世代の人だから僕らと比べ同級生の数が圧倒的に多い。集団就職、受験戦争、学園紛争、いざなぎ景気、バブル崩壊など戦後の日本社会を群れで走ってきた世代だ。そんな彼らが定年の年を迎えた。が、今の60歳はまだまだ若い。還暦を機に「これまでの人生をどうまとめ、残りの人生をどう生きるか」をそれぞれ考え、次の世代に何か残そうという強いメッセージを秘めたセレモニーに仕上がっていた。tsiyatu3.JPG

 社会から受け身で開いてもらう成人式から40年を経た今、人生を積んできた人々が自発的に開いたを還暦式。タイトル通り、群れでセカンド・ステージにキックオフを放った。人生において成人式よりも意味が深く感じた。60歳からの人生ステップイベントとして各地に飛び火するか? 60歳になっっても何かやろうとする、団塊おやじ、おばちゃんパワーはまだまだあなどれないのである。  (神無月)