« 2007年04月 | メイン | 2007年06月 »

2007年05月24日

a001195

「8020まで3本」

 
 6月4日は「虫歯予防デー」だ。この日を皮切りに10日まで「歯の衛生週間」が展開する。そんな矢先、拙者の口腔は人生最大の危機を迎えている。上アゴの側切歯と下アゴの大臼歯がグラグラと揺らぎながら、かろうじて歯茎に食い止められているという無惨な状態なのである。

 前歯にいたっては歯茎が黒ずみ、歯が下がってきておるのである。これぞ恐るべし歯槽のう漏の結末なのだ。思い起こせばあれは、7、8年前だったろうか。食堂でうどんの残り汁を啜っておると、歯茎にじわりじわりと染み込むような激痛が走ったのが始まりだった。その後、缶コーヒーや菓子類を口にしても同じような痛みに襲われることが増えた。

 こりゃ〜また虫歯だ、あ〜、バキュームやエアータービンの音って恐いんだよな〜!! などと鷹を括り、しばらくして歯科医を訪ねた。すると、「歯槽のう漏です。時間をかけてケアしていきましょう」と想定外の言葉が返ってきた。

 せっかくドクターから優しいアドバイスを受けたにも関わらず、その後、通院を怠けてとん挫。欲望のままに喫煙、飲酒の日々を積んでおったら、歯茎の痛みに加え、出血、そして周囲に口臭を指摘されるようになった。

 それでも変わらず欲望のままの毎日を繰り返していると、歯茎の痛みは感じなくなってしまた。「成人の約半分が歯周病!」という文句を聞いたり、コピーを見て「拙者だけではないのだぁ〜」と変な安心感まで出てくる始末。
 
 どうせ、口の中を清潔にして丁寧に時間をかけて一本一本ブラッシングするしか改善策はないんだぁ〜といい方に開き直る。ドラッグストアで歯周病予防歯磨きをはじめ、歯間はブラシ、歯茎磨き、歯垢を落とすと記されているブラシなんぞ、ケアグッズを揃えて、朝、昼、番と我流のデンタルケアを約3年余にわたり続けてきた。

 ところが、昨年、左上アゴの大臼歯、いわゆる奥歯がゆらゆら状態になって食事中に脱落。「あ!! 歯のとれた!」と間抜けな声を出し驚いていると、側にいた小学生の娘に「お父さんもまた新しか歯のはえてくると?」と興味津々な顔で尋ねられた。……だったらいいのにね。残念ながら永久歯は、うどんやラーメンの替え玉みたいに追加できないのである。

hamigaki.jpg

ていたらくな生活の末に訪れた哀れなる結末。前歯がなくなるなんて、女性だったら絶対に許すことができないはずだ。もちろん、男だって恥ずかしさは変わらない。
 
 人と言葉を交わす時、無意識に口をすぼめ、やがて何もかもが消極的になっていくのだ。前歯をなくすとはそれほど致命的なことだ。
 
 しかも、拙者は日々不特定多数の人々と会ってお話をするのが生業である。「うっ!! こやつ前歯がないぜ!」「エッ!! どんだけぇ〜!」と人々は愛想笑いを作りながらも、きっと腹の中で驚愕するのである。
 
 え〜い、いっそのことジャック・スパロウみたいなイカした銀歯の義歯を埋め込んでもらおうか……。ファイブ! フォー! スリー! ツー! ワン! サンダーバードオープニングカウントみたいにやがて訪れるであろう歯抜け野郎な現実と向き合い、日常をやり過ごしておるのである。知性と良識に満ちた方々は信じられない怠惰だと、きっと呆れ果てられることだろう。

 確かに拙者は歯周病をなめていたと今、反省しておる。そこで、今後、歯槽のう漏を患う方に少しでも参考になればと思うことがある。拙者の場合、虫歯治療で差し歯やかぶせものでの処置をした歯がことごとくやられておる。改めて歯石や歯垢、雑菌の巣になるリスクが高い箇所であることを痛感した。
 
 また、拙者は激しい歯ぎしりマンでもある。寝ている間に歯や歯茎に過度な負荷をかけていることも歯槽のう漏を進行を促進する関連性があるのかもしれない。これは専門医に聞いてみないとはっきりしないことだが。一度、歯ぎしり防止のマウスピースをして安眠してみたいものである。

 現在、日本人の歯の平均本数は60歳で22本。70歳で14本。親知らずも含め約30本の永久歯を保有していたはずである拙者は、ケガや虫歯、そして歯槽のう漏ですでに7本を失ってしまい現在の本数は23本である。そして今ぐらついている2本が抜け落ちれば、すでに60歳の粋に達してしまうことになる。

 このままでは、厚生省や歯科医師会が推進している80歳で自分の歯20本を残そうという8020運動には到底およばない。果たして80歳で何本、自分の歯を持つことができるか? せめて8010はキープしたい。その前に80歳まで生きていられるか? 歯がないと人生に歯が立たない。歯の健康は老後の生活を大きく左右する大事な鍵でもあるのだ。

 
 レディ・アンド・ジェントルマン! 歯周病をなめてらあかんぜよ!! を身を持って経験中でござりまする。これは恐い病気なのです…。 
 
 
 もういいかげん我流のデンタルケアは止めよう。悔い改めるのである。専門医の腕と英知を借りて、医療費が続く限り8010を目指し、憎き歯槽のう漏と立ち向かってゆく所存である。   (五月)

2007年05月21日

a001180

「すぼ」

 久しぶりに発泡酒の肴に「すぼ」を食べた。ストローを剥くのがいささか面倒臭いのだが、飲衛兵には、ちびりちびりやりながらの嬉しい儀式。たまらなく酒との相性がよろしい練り物の横綱なのである。
subo.jpg

 ストローで巻いた蒲鉾は一般的に「すぼ巻き」の名で親しまれ、佐世保では昔から「すぼ」という通称で呼ばれている。どうしてスボなのか? スボクな疑問を持ちながら、この蒲鉾を食べてる人も多いのではなかろうか?

 佐世保でこの蒲鉾がメジャーになったのは燃料の変化で量産が可能になった大正末期〜昭和初期にかけての頃のようだ。海軍で栄えた時代、この蒲鉾を行商人たちが売り歩いていた。当時の海軍橋(現・佐世保橋)付近に陣取れば、たちまち売り切れる人気商品だったという。

 その多くが平戸市から運ばれてくる「川内かまぼこ」だった。現在平戸の特産品として知られる「川内かまぼこ」が作られ始めたのは明治時代。漁獲量の多いエソという魚を使った加工業が漁師たちの副業として川内浦の漁村に広がった。

 当時、エソはその日のうちに開きにされ、大きなすり鉢を使い家族総出ですり身にされた。そのすり身に藁(ストロー)を巻く作業が「すぼ付」と呼ばれていたのだ(天然の藁を並べて、その上にすり身を置いて、手で転がす作業のこと)。

 藁は乾湿に適していて、蒸し篭に入れる際にスノコの役目も果たすそうだ。保存効果も抜群の優れものだったのだ。佐世保の「すぼ」のルーツと思われる平戸の「川内かまぼこ」の歴史や製造行程は平戸城内の民族資料室にも詳しく展示されている。

 
 ●すぼの語源は? 

 
 髪の毛をすくことを「梳き毛(スキケ)」と言う。古くは千歯、穂抜き機などの農機具を使い稲穂をすいて作る天然ストローで縄や草履、しめ縄などいろんな日用品を作っていた。かつて、すり身を巻くこのストローを「梳き穂(スキホ)」と呼んでいたとも聞く。

 また佐賀県では方言で藁の穂のことを「わらすぼ」と呼んでいる。ワラスボと言うと一般的に有明海に生息するムツゴロウなどの仲間みたいな魚(ウナギみたいに細長く顔がエイリアンみたいなハゼ科の硬骨魚)が有名だ。広辞苑で「わらすぼ」を引くと「藁素坊」という漢字で、この魚の解説が掲載されている。

「梳き穂(スキホ)」が訛って「スボ」になったという説もあるようだが、佐賀弁の「ワラスボ」が縮まり「すぼ」と呼ぶようになったと考えた方が自然なようだ。

 ちなみに、本場平戸では、エソが捕れない時期にはアゴ(トビウオ)、イワシ、アジも材料に使っていた。現在、市場に出回っている多くの「すぼ」もアジやイワシ、アゴなど近海で捕れる青魚が使われているものが目立つ。拙者はイワシとアジとアゴ、キビナが大好物なので、「すぼ」にも愛着が強い。
subo2.jpg
 近場では、戸尾市場の本田蒲鉾店でも昔ながらの手づくりすぼがトンネルを利用した工場で作られている。こちらも本物の藁ストローが手に入りにくくなってからはナイロンのストローを使用(写真のようにストローで巻いたすり身を蒸す作業は昔と変わらない)。    (五月)

2007年05月18日

a001178

「DJマークのこと」

 昨年に引き続きライフdeライブのMCはFM長崎のパーソナリティ、DJマークにお願いした。お目当てのグループ演奏だけでなく、全出演者のステージを一つのショーとして客席に届けるのがこのイベントの目的でもある。ただBGMを流しているだけでは、観客の入れ替わりは否めない。そのためにはバンドの転換時をどうつないでいくかが大きなポイント。司会・進行役の力がものをいう。

 特に昨年からバンドサウンドをメインにプログラムしている。今回は全てロックバンド。表現スタイルもサウンドも大きく異なる。バラエティな顔ぶれながら、聴く側の好みもハッキリ出てしまうリスクも感じる。舞台監督のハウリン伊達丸と一緒に練った、これまでで一番の冒険企画だ。
mark_04.JPG
 喋りが上手なプロの司会者は山ほどいる。DJマークも喋りで食べているプロの一人だ。理知的で柔らかいボイス、場の空気を読む力、語彙、アドリブ力、冷静さ、気配り……歯切れがよくて親しみやすいトークセンスの持ち主だ。
 
 彼の生まれ故郷は焼物の里、波佐見町。実家は陶器の卸商社だ。幼い頃から陶器市などで商売のお手伝いをしていた。見知らぬおじちゃんおばちゃんたちとテンポよく言葉をやり取りする対面販売が喋りのベースになっているのかもしれない、と本人が語っていたことがある。

 佐世保南高校時代はバンドを組むなど音楽に傾倒。現在もギタリストとして活動しているミュージシャンという顔も持つ。以前彼を取材した時「音楽は絶対に自分を裏切らない大切なものですね」と瞳を輝かせた。

 音楽に関われる仕事に就きたい……長崎大学卒業後、FM長崎に入社した。音楽が一日中流れる職場。商いを通じて育んだ人と心を交わす言葉は、大好きな音楽と一緒に電波に乗った。

 中でも同局のパーソナリティ平川歩美さんと夕方4時から生放送でオンエアしている『Gラジ』は、二人の個性と感性が特に輝く人気番組だ。ボケとツッコミを思わせる軽快なコンビネーションは、二人が合わせ持つリズム感から生まれる喋りのデュオにも感じる。
 
 FAXやメールによるリスナーとのコミュニケーション、多彩なゲストアーティストへのインタビュー……楽しい会話の中に二人の音楽へ対する情熱と豊かな知識が、さりげなく盛り込まれていて、全国にも通用する音楽情報番組としてのテイストを感じさせる。

 二人のトークデュオはライブで流れる。月〜木までの夕方、長崎駅の公開スタジオ「かもめスタジオ」から放送される。移りゆく景色と人の流れを目の前に路上ライブを行うミュージシャンに似た視点で音楽の楽しさを発信している。

 佐世保のミュージシャンたちもマークと平川歩美さんにシンパシーを感じている人が実に多い。それはジャンルに関係なく音楽という共通語を分かち合える親近感からきているようだ。ライフdeライブがFM長崎とコラボレーションするようになり、佐世保の音楽の息吹は電波を通じてさらに広がりを増していることも特に今年はひしひしと感じた。

 アルカスSASEBOのステージでマイクを持つDJマーク。ラジオで『Gラジ』を聴くときと同じ安心感と親しみが会場を包み込む。音楽好きのマークが次はどのバンドを、どのような言葉で紹介して、ステージに登場させるのか……? ラジオと同じく音楽とリスナーを結ぶ架け渡し役として、今年も力を発揮してくれた。
_MG_6175.JPG

 イベント司会者ではなく、彼自身が出演者として、多くの観客に受け入れらていることがライフdeライブの新たな魅力なっているのである。

 後日、ハウリン伊達丸に「昨年以上にマークに助けられたね。今後はマークが紹介する佐世保のミュージックショーというイメージをもっと前に出して行きたかね」と問いかけた。「そうね。マークのMCは若者でも年輩者にも伝わる安心感のあるよね」と感想が返ってきた。「次回も欠かせんね!」「そうね。ライフdeライブのエド・サリバンみたいな存在になってきたもんね」

 そうだ。伊達丸が言う通り、さまざまなアーティストたちを紹介していたアメリカの人気テレビ番組「エド・サリバンショー」みたいな構図ができつつあるのだ。いつか平川歩美さんとDJマークが揃ってステージに並ぶ佐世保のサリバンショーを創ってみたい。マーク来年もよろしく!  (五月)

2007年05月12日

a001159

「ライフdeライブVol・5写真箱」

_MG_5581.JPGライフdeライブの写真でござるぞ。
出演/★ザ・チューチューチュートルズ ★赤崎コンパ大學
   ★THE ROWS ★嘘つきバービー
_MG_5970.JPG _MG_6087.JPG _MG_5890.JPG _MG_5732.JPG _MG_5831.JPG _MG_5850.JPG _MG_6063.JPG _MG_5770.JPG _MG_5630.JPG _MG_6105.JPG _MG_5667.JPG _MG_5710.JPG _MG_5568.JPG _MG_5568.JPG

2007年05月09日

a001143

「ザ・ロウツとROCKな朝…」

★打ち上げ 
 
 飲んだ。飲んだ。飲んだ。

 ライブの打ち上げだ〜。約40名の大宴会。いつもそうだが、宴の時間はあっという間に過ぎる。

 もっと語り合いたいのに全員と言葉を交わせないまま時は過ぎゆく。顔、笑顔、顔、笑顔、顔、笑顔。

 一次会から二次会、三次会へと所と酒、肴を変え、下京町、三浦町、京坪町あたりをロックンロール人民が、わいわいがやがや大移動。

 語り、飲み、語り、飲み、悦楽の酔いと、恍惚の睡魔。

 それでも顔、笑顔、顔、笑顔。いつもは布団の中で夢を見る時間。
我らは、キキキキと笑い声を上げ、グラスを片手に夢を語るロックンロールなる酔いどれ人民になる。

 いつの間にか、夜空が青く明るみを帯びてきた。
あれだけいたロックンロール人民はいつのまにか5人(宮本氏、ミッチャン、おにいちゃん、伊達丸、拙者)になった。夜の帳にケラケラと美しき笑顔を振る舞って消えた彼らは、いまいずこか?DSCrow2.JPG  

 残された我らは、ネオンが消え、シャッターが閉じた歓楽街をとぼとぼ歩いておるが、まだまだ語り足りぬ。「最後はラーメンでシメますか!」5人で「お栄さん」の暖簾を目指した。

 拙者と宮本氏はラーメンができるまで、まだまだビールを酌み交わし、明けゆく夜に抵抗した。が、やがて湯気をたてラーメンがテーブルに運ばれた。これで楽しかった宴もいよいよクライマックスだ。

 DSrow0040.JPG特に今年は数カ月にわたり、ライブに向けて電話で打ち合わせを行ってきた宮本氏との別れが名残惜しい。しかも、一昨日は彼の誕生日だったなんて。宴会まで知らなかった。なんたる偶然。いろんな意味で感慨深いライブだ。

「やっぱい佐世保のラーメンは旨かぁ」と宮本氏が久しぶりの故郷の味に喜びの声を発して、スープを啜る。

 拙者はサザエさんやちびまるこを見ながら、楽しかった休日を噛み締め、月曜日というブルーな現実へスイッチをチェンジしていく小学生のような切ない思いで、ハッピーな宮本氏の笑顔と佐世保ラーメンの旨味を酔っぱらい脳味噌に刻んだ.
 
 「じゃ、また」「本当にありがとう」「元気で」「楽しかったです」
別れ際に交わす言葉は単純だ。これぞ、終わりなき気持ちのキャッチボールなのである。

 昼間より清清しいコンビニの明かり。新聞配達のバイク。車内にかすかに響くAMラジオ。
夜空が青色から白色に移る。タクシーの座席で、見慣れた街並を眺めながら、ロックンロール人民どもが現実に帰って行く朝を感じた。row_0046.JPG

 

♪THE ROWS 
 
 この日の午後、宮本氏が率いるロックバンド、THE ROWSは佐世保駅、フレスタSASEBOのパティオの特設ステージに再びその勇姿を現わした。

 早朝、「お栄さん」の前で別れたギターのミッチャンがアコギの弦を張っていた。
 
 昨日のライフdeライブと同じ皮ジャンスタイルだが、ベース以外はアコースティック。
毎週金曜日の夜、吉祥寺の路上で行っているアコースティックスタイルのライブも故郷で奏でた。
 rows066.JPG 
 
 オリジナル曲に加え、カヴァー曲も披露。体に染みついた音楽感の幅広さも見せつけ、ギャラリーからはアンコールの声が飛び交った。最後は持ち歌の「ホワイト・リムジン」を熱唱。
 
 27日(金)の「ひととき」のアコースティックライブ。28日(土)のライフdeライブ。そして、29日(日)フレスタSASEBOで再びアコースティックバージョン。

 ゴールデンウィーク序盤の3DAYS佐世保ツアーを大成功させた4人は、器材を山のように積み込んだツアーカーに再び乗り込み1000kmを越す道のりを経て東京へ帰っていった。
 
 ザ・ロウツのロックンロール・ウェイに栄光あれ。   (五月)

2007年05月08日

a001142

「ROCKフード!」

DSCF1304.JPG  去る4月28日(土)。ライフdeライブの楽屋にご覧の差し入れが届けられた。桜の塩漬けを使った“桜ごはん”のおにぎり。“桜寿司”などとも呼ばれ、結納に使う桜茶などと同じくお祝の席を彩るジャパニーズフードである。

 
 届けてくれたのは、ライブスポット「ガァネット」のYUIママ。佐世保のロックの母的存在であるママが4組のロックバンドが顔を揃える今回のライフdeライブを祝って、こしらえてくれた手づくりだ。
DSCF1309.JPG
DSCF1310.JPG

 
 THE ROWS、赤崎コンパ大學、ザ・チューチューチュートルズ、嘘つきバービーという個性派出演陣をはじめ、舞台監督のハウリン伊達丸などスタッフもママの心のこもった、おにぎりをパクパクと頬張って、本番に挑んだのである。

 代表して嘘バビの千布君とH・伊達丸のお召し上がりシーンをパチリパチリと連写でござる。 
 
 お二人とも日々、平安の公家様のごとく、このような雅びなジャパニーズ・ソウル・フードをお召し上がりになり、体内でロックンロール・エネルギーに変換させ、あの恐るべき奇異なるステージパフォーマンスを生み出していらっしゃるロッカー、かどうかは定かでない。
 
 ちなみに嘘バビの岩下君は肉食人間らしい。ミュージシャンたちの食生活と表現は、佐世保のロックシーンを探る大きなキーワードにも感ずる、今日この頃でござる。

 
 同じ頃、楽屋内ではママから力をもらったロッカー暦17年のROWS、宮本氏が、なんとチュートルズの中古ちゃんのヘアーメイクを自らかって出た。お〜う、さすが。ご自慢のリーゼントが中古ちゃんに乗り移ったぜ!!

 DSCF1307.JPG

 それでは、みんな本番ですぞ〜。

 ステージではDJマークのMCがスタートした。


 この日、音楽を愛するママの味をいただいた、ロッカーたちのステージはどれもいきいきしていた。桜寿司、それは、まさしくロックンロールフーズとして活躍したのである。ママ、魂の差し入れ、どうもありがとうございました。    (五月)