2008年11月12日

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 【私と政治 番外編】

            

『顔写の巻』

ニンジンぷらぷら。二兆円ちらちら。わっちら逸民は馬じゃござんせんよ。ねぇ、親分。ひょっとしてこれまた選挙のための政治ってやつでござんすか? そういや、ちかごろ、まちなかに議員先生方の“顔写”ポスターが日に日に増殖してるでやんすね。ほらあそこにもぺたぺた。そこにもぺたぺた。「こら。言葉をつつしまんかい。先生方はまちの美化のことまで考えて、あのような明るい笑顔を貼って回ておられるんだ。見ろよ。どれも気品のある高貴なガンシャばかりじゃねぇか…」失礼したでやんす。たしかにお美しい顔写でやんすねぇ。

           
           
『はっぴー政権の巻』           

わらわは、はっぴーせっと票でまだまだ与党幕府に身を置きとうごじゃる。今回もはっぴーせっと票で、もちろん勝てるのじゃろうな?「……」な?「……」これ巻之太綺険Ρ厂腓匹Δ靴童を開かぬ? 答えぬか。勝てるのじゃろう? なぁ? 「…それがなんとも微妙な空気が民に蔓延しておりまして…」なにをざれごとをもうしておるのじゃ。幕府は不滅じゃぞ。「それが世論と申しますのがいつになく手厳しく…セットのおまけがつくかつかないか?生産元ソウカ堂の方々も困惑しておりまする次第…」いやじゃ。いやじゃ。わらわは負けとうない。いやじゃ。いやじゃ。そうでごじゃる、テレビが悪い。殿方らがテレビに出るたびに幕府の支持が落ち悪者あつかいされておる。平成の民はテレビでものごとを判断しすぎる。大殿どの迷走など、なにも今に始まったことではござらぬではないか。とにかくわらわはずぅ〜とハッピーでいたいのじゃ。何があっても負けてはならぬ。万歳、万歳、わらわはハッピーでごじゃる。
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『罷免の巻』             

ねぇねぇ、シュウギイン・ソウセンキョってさ、ヒレイダイヒョウとか、なんとなく分かってんだけどぉ、巻子ってセンキョ詳しい?「あたりまえじゃない。あんた行ったことないの。信じられない〜あれって国民のギムよ!」違うって。私だって行ったことはあるわよ。たださ、一緒に最高裁判所裁判官国民審査ってあるじゃない。あれって何なの?

「ばっかね。あれって、あれじゃんシンサじゃない。国民のギムよ!」分かった巻子。ギムは分かったからさ、どうやって選ぶのか教えてよ。「どうやってって、あんたそんなのも知らないの? いやになっちゃう。あれって国民のギムよ!」分かった。分かった。ギムは分かったって。だからさ、選び方を教えてって言ってんじゃないの。

「いい、あんた宝くじは買ったことある?」うん、ジャンボとかロト6も何回か、スクラッチとか買ったことあるけど、ぜんぜん当たんないからムカツク〜。「そう、ロトと一緒よ。ロト買うとき好きな数字選ぶでしょう。あの感覚。数字の代わりにピンっ閃いた名前を選べばいいのよ」えっ!? マジなの? ピンってきた人って言われても知らない名前ばっかりだったよ。投票所ではじめて見たもん。

「当たり前じゃん誰だって裁判官の名前なんか覚えている訳ないじゃない。それも国民のギムなのよ。第六感やインスピレーションがたいせつなの。あんた昔から霊感強かったからきっと向いているって!」だから霊感なんてないって、宝くじぜんぜん当たんないもん。だけどさ、選ばれた裁判官ってさらに偉くなったりする訳? 「もち。偉くなるんだろうね」いいな〜。ってことはシンサじゃなくてニンキトウヒョウってことじゃん? なんかおかしくない?

「おかしくないって。シンサって審査員のシンサでしょう。ずばりコレって思う人を決めればいいのよ」そうか。巻子ってやっぱし賢いね〜。「ばっか何いまさら持ち上げてんのよ」キャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッ。
※いまだ「罷免」という漢字を知らない二人は「政権が転んでもおかしい年頃」はとっくに過ぎているにもかかわらず、涙がでるほど戯れ笑いを続けるのだった。


それでは総選挙に向け日々知恵をしぼりご尽力されております全国の与野党議員先生方の万歳姿を祈願いたしまして、日本の偉大なるロックンロールバンド、ザ・タイマーズの名曲『ギーン ギーン』を捧げ『私と政治・番外編』を終わらせていただきます。
 
ギーン〜 ギーン〜 ギーン ギーン〜ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン〜 ギーン〜 ギーン〜 ギーン ギーン〜ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン〜

2008年10月24日

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 【私と政治 2】

わたしが経験してきたこれまでの選挙戦を振り返っても「本気でこの人だ」と思った人物はいない。どの候補者もわたしの人生観や価値観と接点が少なすぎる。


議員は「先生」という代名詞で呼び合うが、わたしの認識ではティーチャーかドクターが先生であって、政治家に「先生」という立ち位置は求めていない。市議会議員〜県議会議員〜国会議員という年功序列的ステップ制が「先生」という気色の悪い代名詞の出どころか?


先生諸氏はやたらに黒塗りの車に乗りたがる。胸に金バッジや赤い羽根、緑の羽などをつけたがる。また住んでいる家がやたらにでかいお屋敷風情というのも、庶民との格差を大いに象徴している。


わたしが選挙権を得たばかりの頃、選挙が近くなると必ず友人知人、職場、取引関係などを介して熱心な支持者から、後援会への勧誘が繰り広げられていた。「ねぇ、名前を書くだけでいいから、お願い!」といった具合だ。まだ若くて青二才だったわたしは、多くの有権者がお付き合いで、与野党含めて複数の候補者後援者名簿に名を連ねる現実を知って唖然とした。
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後援会へかり出されて候補者の演説を聞くのも多くがそういった付き合いとしがらみで成立していた。議員たちの政策や人柄にふれるというより、消費者心理を巧にコントロールする霊感・催眠商法にも似た空気を放つ演説が多かった。


それでも地方の富と幸せを説く先生方の熱弁に市井の多くはささやかな希望を託し、国会へどんどん送り込んだ。「個」の言葉で表現しているのか「組織」の言葉で表現しているのか? なにも見極めないまま。その多くが自民党&公明党のハッピーセットのような票となって与党が運営されてきた。


そんなハッピーセット票で内閣継続モードを繰り返してきた偉大なる自由民主党が今大いに揺れている。


それでは最後に国家議員の全先生方にザ・タイマーズの名曲『ギーン ギーン』を捧げ、この国の未来にエールを送ることにする。

ギーン〜 ギーン〜 ギーン ギーン〜ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン〜。お〜、エ〜イ!! ギーン ギーン ギーン ギーン ギーン〜〜〜〜〜〜〜ギーン ギ〜ン ギーン ギーン ギーン ギーン


2008年10月21日

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【私と政治】

政治に関心がない、もしくは期待しないのは若者だけの特権ではない。わたしくらいの年齢になると政治に冷めてくる。その理由を書き記してみた。


テレビニュースでよく使われる「ある自民党幹部の声」という覆面コメントが嫌いだ。同じ党内部のことなのに他人事のように語るナレーションが実に気味が悪い。
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高度成長期に生まれたわたしの人生の尺だけで感じる政治への印象は、常に「選挙のための政治」を脱していないという一言に尽きる。


己の人生をかけて国策に取り組んでいる真摯な議員もたくさんいるはずなのに、個人の情熱や輝きはわたしたち有権者に伝わってこない。ただただ与党という組織の身勝手さと頼りなさだけが目立つだけ。辞めて解散。また作って辞めて解散…。


ドラマやバラエティ番組花盛りの時間帯に突然総理大臣が辞任記者会見を行い、各局が番組を中断、速報を流す。「え〜っ、ドラマの途中じゃない…」などと世の女子供の反感を買う。これ一つとっても国民目線に欠いた空気が読めない政界の都合や慣習と写る。


花束抱え同僚たちに見送られ黒い車に乗り込む元大臣の姿を見ても、責任を取って辞任という光景ではなく、まるで永年勤続者の勇退シーンのよう。


膿のように次々に出てくる政治家、官僚、省庁の不祥事。この体たらくなさまは、国策の名を借りた犯罪だと思う。しかし、「犯罪だ」とはっきり声にしないのが、この国の習わしか?。民間なら倒産を覚悟しなければならぬ失態にもかかわらず、トップが辞任するだけで組織が解体されることはない。


水戸黄門の悪代官・悪奉行のような政治家や官僚たちがすくすくと育ち甘い汁をズルズル吸い上げている。しかし、テレビみたいにご老公は一度も現れたことがない。せめて助さんか格さん、いや風車の弥七でもいい。


国民を騙し裏切り続ける政策や省庁の犯罪は、わたしたち国民の人生を脅かす暴力を使わない「政治的テロ」または「恐怖政治」だと感じているのはわたしだけなのか?


政治家も役人も「個」としての表現でなく「組織」としての表現ばかりを行ってきた古い環境にいま起こっている諸問題の病魔を感じる。


その古い環境へ議員を送り出しているのは、わたしたちだ。選挙および総裁選は子供の頃に体験した学級委員や生徒会長を選出するときの予定調和的な雰囲気とどこか似ている。「個」の輝きや魅力以前に学校という「組織」に漂う空気を大事にする。適任者を先生も生徒も無言のうちに了解し合っていた懐かしき人選。


2008年10月14日

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「名優の笑顔」

ノーベル賞に湧いた先週、緒形拳さんの訃報が報じられた。昨年10月にこの「ざっき帳」にも記したように大好きな役者さんだった。「白野」佐世保公演で初めて生の舞台を拝見して、「男の心意気」を秘めたかっこよさを感じたと書いた。人生の最期まで役者を貫いた緒形さんに、やはり同じ心意気を感じた。

しかも、他界後に放送が始まったドラマ「風のガーデン」で、最期の演技まで見せてくれるという大きなプレゼント付というエンディングも緒形さんらしく思える。スクリーンや舞台ではなく、テレビを介して茶の間にいながら最新作を楽しめるのである。わたしが初めて緒形さんを知ったのは幼年期に見た「太閤記」の豊臣秀吉役。テレビで知った名優がテレビで幕を引く。偶然にせよ「白野」の主人公のような粋な生き様を感じてしまった。

作品を通してさまざまな刺激を与えてくれた緒形拳さん。ありがとうございました。ちょっと歯に噛んだような笑顔を忘れません。ご冥福をお祈りします。  (神無月)

2008年09月17日

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「あかはた様」


久しぶりに醤(じゃん)キエロと伊藤さんと飲んだ、キエロ氏の呼びかけで設けられた今宵の宴題は『第8回アジア映画祭決起集会』だ。

肴はアカハタのお造り。長崎県では「あかいお」「あかうお」などと呼ばれていそうだ。南方系のお魚だけあって、外見はド派手。煮物や中華の食材に使われることが多いようだが、鮮度のいいものは刺身にすると美味らしい。
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三人が揃うなり、大ぶりのアカハタ様が透明感あふれる薄造り姿で運ばれてきた。
「お〜う。素晴らしい〜」吞兵衛三人衆は、空き地に秘密基地を完成させた『20世紀少年』みたいに瞳を輝かせ感激。美味を頂く前の儀式のごとく、もう一度ジョッキを片手に喉を潤わせてから、割り箸を割る。

「お〜う。旨い」見かけと異なり淡泊で上品な味ではござんせんか。醤油もいいけど、ポン酢も合うんじゃないすっか? 白身の縁に微かに残された皮と、ほどよい歯ごたえもようござんすねぇ。「すいません。キリンクラシックをもう一本」「俺は焼酎。白波ボトルで、氷もね」旨い肴を囲んだ三人衆はまたもやハイピッチ酌法(手酌)で、がぼ、がぼ、うぃっす。がぼ、がぼ、うぃっす。の親父飲み。

「松山ケンイチは日本のジョニー・デップだ」「ダークナイトは素晴らしい〜」「永井豪は天才だ」……。好き勝手に話題を振り回し、平らげたアカハタ様で味噌汁の後づくりを注文。サザエの釜飯でフィナーレを楽しんだ決起集会でありました。 (長月)