佐世保で生まれる物語。佐藤正午はなぜ故郷で小説を書き続けるのか…。
SPECIAL
■佐藤正午/1955年、佐世保市生まれ。佐世保北高、北海道大学国文科中退。28歳の時『永遠の1/2』で“すばる文学賞”を受賞、作家デビューする。『個人教授』が山本周五郎賞候補となる。最新作『ジャンプ』は『本の雑誌』で2000年度ベスト1に。現在も佐世保に住み、ポップでミステリアスな恋愛小説を書き続けている。
 21世紀の最初のSPECIALページに、なぜ佐藤正午なのか?
 明らかに屁理屈だけど、小説を読む習慣がIT時代にこそ必要と考えるからだ。与えられる情報から選ぶだけでなく、想像することが大切。それには小説を通して人生を考え、自分を見つめる癖をもつこと。そのために、21世紀はもっと小説を読むべし、と99VIEWは提唱する。それもまず地元の作家から……。

:インタビューうけるの、17年ぶりですよね。
:ああ、もうそうなりますかね。佐藤さんが『永遠の1/2』で『すばる文学賞』を取った時ライフに掲載したもんね。
:84年の1月だったかなぁ。
:それ以来ずっと佐世保にいる。佐世保に小説家がいるなんて一般の人は知らないだろうし、意外な感じがすると思うんだけど、どうして佐世保?
:実家があるから。
:小説家としてのハンディは感じないの?
:まぁ、細かいことを言えばあるのかもしれないですけど。大ざっぱに言えば感じない。
:面倒臭いのかもね(笑い)、本質的には。
:そうですねぇ。まぁ、佐世保でも小説が書けるのかと聞かれれば、書けると。
:いわば辺境の地で小説を書いてるってどんな感じ?
:地理的にはもう辺境じゃないですよ。ファックスもインターネットもあるし。
:ところでこの17年で、どう変わったと思います?
:大人になりましたね、小説家として。自覚が出てきた。
:昔はなかった?
:ぱっと売れちゃったから。それで10年もった(笑い)。
:ちょうどもたなくなってきた頃に再会したってわけだ。同じ佐世保に住んでるのに7、8年前まで会わなかったよね。
:そうですね。再会したのはようやく自覚が芽生えてきた頃。
:デビュー作から今度の『ジャンプ』までを振り返って、どう? やっぱり『永遠の1/2』の延長上にある?
:自分の中では『放蕩記』で第一部終了と思ってますね。『彼女について知ることのすべて』から第二部が始まったと。
:そして今回の『ジャンプ』でジャンプした。売れてるそうですね。
:ひさしぶり売れてます(笑い)。そういう意味では以前の作品は力がこもりすぎてた。内容だけじゃなく、本作りや装丁も、編集の方も力が入りすぎていた。
:じゃあ、ジャンプでは力が抜けて大人になったんだ。
:作家としてね。そういう小川さんもすっかり貫禄が(笑い)。

:『Y』について聞きたいんだけど、それまでの作品は佐世保をイメージした西海市が舞台でしたね。ところが『Y』は東京が舞台。あれはもう終わり?
:まだ終わってないです。これからどうなるか判んない。
:佐世保の読者は、「ああ、あそこの描写だ」とピンときたと思うんだけど。そんな面白さもあったよね。
:そうでしょうね。だから、佐世保の読者は特殊な読み方をするんじゃないのかな。
:ある意味ではイマジネーションを抑制してしまったかもね。
:それを『ジャンプ』では取り除きたかった。それも作家としての自覚の表れなのかもしれないです。読者を意識するようになった、という。
:それにしても10何年も西海市を書き続けてきたよね。
:あくまで架空の場所だから、書き尽くしてないですよ。
:主人公については、かなり佐藤さんを投影してるみたいだ。
:『放蕩記』はモロ(笑い)。でもこういうのはもう書くまいと思いながら書いたんですよ。
:第一期の終わりだ。
:そう、2年かかったかなぁ。編集者にはこれでダメになった、なんて言われちゃったけど。自分はこれを書かないといけない、って意地になって書きました。
:それで売れなかったわけだ(笑い)しつこい文体で。
:『彼女について知ることのすべて』もそうですね。
:あれねぇ、僕は読者として途中でギブアップしたもん。あのくどさが好きって人もいるだろうけどさ。
:そうすると、今度はくどさからの脱却ということになる。
:じゃあ、今まで書きたいように書いてきたって感じかな。
:そうなんですよ。だから小説家として坊っちゃん育ちなんですね。苦労してないから。

:『Y』についてもう一度。設定が東京の下北沢ですよね。なんか、らしくない物語だったように思うけど評判になった。
:なったけど、なぜ佐藤正午が? と思われたみたいですね。読者は型にはめて見るんですよ。それで不思議がられる。
:僕はこれだ、と思ったよ。
:そうですか。そういうもくろみがやっと実を結びつつある、と思いますけどね。
:今回の『ジャンプ』は書き下ろしではなく、雑誌の連載だったですよね。
:ええ。20回の。
:小説書く身としては、書き下ろしと連載はどう違うの?
:連載はそれほどやってないんです。『童貞物語』と『個人教授』くらいかな。『個人教授』は2回原稿落としちゃって(笑い)。
:えっ、ほんと?
:今回はきちっと〆切守りましたよ。
:それって、当たり前のことじゃない(笑い)。
:その当たり前のことができてなかったんですよね。だからそこも自覚が出てきた部分です。
:大人になった作品というわけだ。小説の全体像は始めから決まってから連載しだしたの?
:ヒロインが失踪して、5年後にその恋人と再会するという大枠だけは決まってましたけど。
:書くこと自体がミステリーみたいだ。へたするとバラバラになってしまう危険性もある。
:編集者と打ち合わせするでしょ。「次はこうします」と言うと、「えっ、そうなるんですか」なんて言われて、それで変えちゃったりね。まぁ、それが結果的に成功した。そう言えば、ラストシーンは小川さんが連れてってくれた所なんですよね。
:そうなんだよね。そのラストが成功している。だから思いのほか売れてるんだ。
:ハハハ。よく判らないんですけれど、一番読みやすいと言われてます。
:読者としては、佐藤正午にはあんまりストーリーテラーにはなって欲しくないな。中年になってもナイーブな中年を描いて欲しい。

:佐世保出身の作家を挙げると、井上光晴、白石一郎、村上龍、峰龍一郎、北川歩実、それに佐藤正午と、25万都市にしては多いような気がしますよね。佐世保の気風が何かしらの影響を与えていると思う?
:僕にはわからないな(笑い)。小川さん分析して下さいよ。
:なんだろうね。精神的な柔軟さ・フットワークの軽さというのは創造性の高い人間を生み出すうえで必要だと思うんだけど。この街にはそういう硬直のなさがあるような気がする。それは街の文化の浅さとも言えるんだろうけど。
:村上龍さんなんて、まさにそうですよね。
:他の作家と違うのは佐藤さんは佐世保で書いているということだね。
:だから、それはたまたまだって言ってるでしょ。
:佐藤さんは西海市という架空の街だけど、佐世保にこだわって書いている。佐世保を自分のものにしてると感じますね。
:僕にとってのホームタウンだから。これは今度出すエッセイでも触れてますよ。
:エッセイ出すの?
:ええ。1月末に『ありのすさび』を岩波書店から出します。
:そのタイトルはどういう意味?
:それは読んだらわかる仕掛けになってるんで、どうぞ読んで下さい。ちょうどこれが20冊目になります。
:さて、21世紀の佐藤正午はどうなる? やっぱり『ジャンプ』の延長上を模索していく形になるのかな?
:まぁ、そうでしょうね。良質な文体でね。
:まだまだどこかに純文学のしっぽを残してね。
:そういう記憶を消し去りたいですね(笑い)。むしろ『永遠の1/2』を知らない読者に期待したいんです。
:最後に、あなたにとって小説とは何?
:食べていく手段です。
:普通は考えないわけよ、小説を書いて食べていこうなんて。
:僕にとってはその普通の考え方がわからない。
:で、実際に小説家になっちゃったからね。
:僕のようなタイプの人間でもやっていける、ってことでしょう。
:これまでは主に、若くナイーブな人物像を恋愛物語のなかで描いてきたわけだけど。45歳、これからが本当の佐藤正午だね。どうなのかな、自分を描いていくというベースはそのままで、それに物語をくるんでいくという感じ?
:まさにその通り。
:生活の垢を感じさせない、それがある意味で魅力だった。これからは生活臭いものも書いて欲しいよね、しつこく(笑い)。
:必要なら書きますよ。でも小川さんにはもう読んでもらわなくていいですよ(笑い)。
:いや、読みます。佐藤さんの側でおせっかいな役をやらせてもらおう。
:これからもよろしく。
:ところでいま一日何枚ぐらい書いてるんです?
:5枚くらいですかね。
:書いてない時が圧倒的に多いよね。何してるの?
:何してるって……。小説を書くには無駄な時間が必要なんです。他の人は知らないけど、少なくとも僕にとっては。
:引きこもりしてるもんねぇ。もう少しは活動的になってよ。
:これだけは断言できる。部屋にこもらないと小説は書けない(笑い)。

 佐藤正午氏は、いま次回作の構想を練っている。はたして21世紀に出る21冊目の本はどんな物語なのか、そこには佐世保がどのように投影されているのか、期待したい。
 (インタビュー/小川照郷)